機械工具卸を創業して40年になろうかという会社の話です。
現在の社長が創業し、専務である奥様と夫婦で事業を盛り立て、今では業界で一目置かれる地位を築くに至っています。
社長の年齢は還暦をとうに過ぎ、事業承継を真剣に考えなければならない時期に来ていました。
幸いにも2人の間には子どもが2人、30歳代の長男と次男がいましたので、経営者としての器は未知数ですが、後継者候補に悩む必要はありませんでした。
2人とも社外で勤務していましたが、近々入社する予定となっています。
さらに本業の業績が順調であり、関連する事業を別会社で経営していたため、2人とも社長になることを希望したらそれぞれの会社を継がせることもできる、という環境にあります。 事業承継についての悩みは、相続税対策を除くと、何もないように見受けられました。
しかし、専務には大きな悩みがありました。
それは社長が2度目の結婚であり、前妻との間に子どもが1人いること。
もちろん前妻の子どもでも相続権があることは、2人とも理解していました。
専務の悩みは、
・社長が「前妻の子には一切の財産を相続をさせない」と言っていること
・どのようにすれば事業を円滑に承継できるか
の2つでした。
たとえ社長が前妻の子に相続させないといった遺言を残しても、「遺留分」の権利があります。
この会社のように奥様と子ども3人(前妻の子を含む)の場合、子どもの相続の権利は1/2を3人で分けた1/6です。
そして遺留分はその半分の1/12になります。
前妻の子に相続の話、つまりは社長が亡くなったことを知らせなければいいじゃないか、ということが頭をよぎるかもしれません。
しかし、相続人全員が捺印した協議書がなければ相続は認められないため、それは叶わぬ相談です。
そのうえで、事業を円滑に承継するために、相続、すなわち財産の分配をどのようにしたらよいか頭を巡らせていました。
この場合は、事業運営に最も重要な自社株を、後継者が確実に保有できるような措置を講じ、第三者が経営に介入できないようにしておくことが肝となります。
専務は遺留分についてよく理解されており、その定めに従った相続は仕方ないとして、社長の説得にあたりました。
しかし、専務ご本人も納得できる答えを導き出せておらず、社長を説得するだけの材料も持ち合わせていませんでした。
そこで、取引先の銀行や顧問の税理士、公的な支援機関などあらゆる伝手を頼ってアドバイスを求めたのです。
しかし、アドバイスは相談した分だけの数、つまり同じ回答はなかったのです。
それぞれに得意分野もあり思惑もあったからです。
法律を曲げてまでの対策はできませんから、できる範囲でよりベターな回答を導き出すしかありません。
その上で一言申し上げたのは、「後継者が安心して経営できる体制を作ってあげることが継がせるものの責務である」ということでした。
まだまだ専務の悩みは続いているようですが、円滑な事業承継が行われることを切に祈っています。社員、取引先のためにも。
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)