創業80年になろうかという老舗企業の話です。
社長は創業者の娘さんですが、もうすぐ喜寿を迎えようかというお歳になられ、事業承継について真剣に考えなければならない時期を迎えていました。
しかし、社長にはお子さんはなく、配偶者にも先立たれていました。
業績は創業来順調に推移し、基盤も確固たるもので、事業そのものには何ら心配がありません。
後継者候補としては長年社長を支えてきた専務が有力で、社長もその方向で考えるようになっていました。
ただ、会社に対する権利、つまり自社株の相続について、大きな課題を抱えていました。
社長のご両親は他界されており、配偶者も子どももいない。
となると相続人は兄弟姉妹、もしくはその子どもとなります。
この時の社長の相続人は姉妹の子である甥と姪でした。
しかし、この2人と社長は折り合いが悪く、加えて素行にも問題がありました。
そのような人物に経営権が移れば、たとえ盤石な事業と言えども行く末が案じられます。何と言っても社員・取引先の動揺は簡単に予想できました。
「社員・役員持株会の設立」「金融機関や親密な取引先にも株式を保有してもらう」「遺言によって次期社長に応分の株式が移るよう遺贈の手続きを取る」などできうる限りの対策を講じました。
しかし、これらによってもすべての問題が解決したわけではありませんでした。
相続人が請求すれば遺留分と言われる一定の財産を相続する権利があるのです。
そこで検討されたのが、社長の財産を使い社会貢献と経営権の安定を図ることでした。
まず、慈善団体等への自社株の寄付が検討されました。
しかし、これでは会社の経営と全くかけ離れたところに経営権が移り、将来に問題が起きるリスクを否定できません。
ある程度会社がコントロールできる組織に自社株を保有してもらうのがベストになります。
そこで社長が講じた策は、返済不要の奨学金を支給する育英財団を自ら設立し、自社株を含め私財の大部分を投じることでした。
奨学金の原資には基本財産の運用だけでなく、会社も毎年一定の寄贈を行い社会貢献の一翼を担うことにしました。
運営も、設立の趣旨を理解してくれる地元の学識経験者や有力企業の経営者に役員となってもらい、より公平性を高めました。
その後、無事専務が新社長となりましたが、業績もますます好調で、奨学金のための寄贈も約束通り果たしています。
そのおかげもあり、財団設立後10年が過ぎましたが、1年も欠かすことなく毎年30~50名の学生が奨学金の恩恵を受けています。
社会貢献と会社運営の安定、まさに二兎を得た事例です。
担当:事業承継相談員 田口 光春(タグチ ミツハル)
事業承継に必要な準備へのアドバイス、また行動のためのサポートを行っていきます。経営者・後継者どちらのお立場の方でも、お気軽にご相談下さい。