その2代目社長に出会ったのは四半世紀ほど前になります。
父親が創業したインテリア用品の製造メーカーを引き継ぎ、社長に就任して数年が経過したころでした。
他社での勤務を経て、父親の会社に入社していました。
入社して自らのアイデアを商品化し、特許も取得して、将来的にも大いに期待されていました。
また、世相もバブル経済の真っ只中で、不動産価格もうなぎ上り、住宅取得がブームとなっていました。
インテリア用品を扱う同社は、フォローの風を存分に受けて成長を遂げていました。
この好環境下で、父親から引き継いだ工場が手狭になり、製造キャパシティを増やすことが最大の経営課題となっていました。
工場の増設余地は殆どなく、工場の移転が現実的な対応策でした。
探していくと、近隣の工場団地に用地が見つかり、本社工場を新築されました。
実際に新工場を見学しましたが、「少し立派すぎるのでは」というのが私の感想でした。
それを素直に社長に伝えたところ、「いやいや事業の環境はいいので、すぐに100%稼働になり、増設が必要になるでしょう」と楽観的な回答が返ってきました。
その新本社工場の取得・建築資金は、バブル経済の空気が残る時期でしたので、銀行の全面的なバックアップ、というより銀行の積極的な働きかけでなされたものと言えます。
そこに何か危うさを感じたのは、私だけではなかったと思いますが。
まもなくして、取り巻く環境は大きく変化してきました。
計画したような業績を上げることができなくなり、銀行借り入れの返済が大変な重荷になってきたのです。
そして、厳しい経営状況に追い打ちをかけるように、社長に不治の病が見つかりました。
経営には社長の弟も参画していましたが、実情を知っているだけに後継となることは拒否されました。
となると、後を継ぐ人は社内には見当たりません。
たとえいたとしても、多額の負債に対する経営者保証を背負わせるには忍びない状況でもありました。
この行き詰った状況を前に名乗りを上げたのが、社長の一人娘でした。
会社には関わっていませんでしたが、父親が病気を押して頑張る姿を見て、思わず手を挙げたといったところだったようです。
間もなくして社長は逝去され、娘さんが社長に就任されました。
しかし、環境は急に好転するわけもなく、更にリーマンショックなどが追い打ちをかけました。
厳しい状況に、経営の素人である新社長では対応が難しいのは、誰の目にも明らかでした。
期待通りの業績が上げられず、借入の返済も滞るようになった結果、法的処置をとらざるを得ない状況まで追い詰められました。
3代目社長の経営に関する決断らしい決断は、民事再生の申立てという法的手続き開始でした。
あちらの国にいる先代もさぞ悔しい思いで見ておられたことでしょう。
この事例は、次のことを教えてくれます。
・銀行借入に対する経営者の保証の引き継ぎは身内でも難しく、まして他人にはほとんど期待できない
・厳しい状況であればあるほど、経営陣には相応の能力が必要
ただ、近年では、銀行等への経営者保証が、円滑な事業承継の妨げにならないように、国としても制度を充実させています。
中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」
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しかし、いくら国が経営者保証の解除を勧めようとしても、本事例のように事業そのものが厳しく、借入の返済に苦慮している場合は、金融機関も安易には応じてくれません。
まずは経営の安定を図ることが求められるのです。
(2020年7月21日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)
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