大手企業と肩を並べて業界で一定の地位を確立している中堅企業の話です。
創業から間もなく1世紀を迎えようとしており、社長も創業家直系で3代目となっていました。
ある時、同業者からM&Aの申し込み(相手側企業の譲渡希望の話)がありました。
日本経済の成熟とともに、同社が属する業界も御多分に洩れず厳しくなっており、淘汰の波が押し寄せていたのです。
申し出のあった会社もそうした厳しい現実に向き合っており、事業を同業者に売却する道を模索していたのです。
申し出を受けた社長は、デューデリジェンス(資産査定)をし、シナジー効果(譲り受ける事業が会社にプラスの効果をもたらすか)を慎重に検討し、買収することを決断されました。
そして子会社化、相手の株式を会社がすべて買い取るという方法で実行されました。
この経緯についてはほぼ煮詰まった段階で報告を受けましたが、「子会社にする」ということはその時点で何気なく聞いた、というのが私の本音のところです。
なぜ子会社なのか、なぜ合併という選択はなかったのか、という疑問は、当時は湧いていませんでした。
ところがこの子会社化にはかなり深い先見性、配慮が隠されていました。
何故合併という方法ではなく、子会社化を選んだか。
そこには事業承継の問題を解決するカギが隠されていたのです。
社長にはご子息が2人いました。
それぞれ社外での勤務経験を積み、既に入社されていました。
どちらも親に似て真摯に業務をこなしており、後継者として甲乙つけがたいというのが周りの評価でした。
こうした時、日本的な慣習では長男を選ぶのが無難であり、社長もその方向で処遇していました。
そこで出てきたのが今回のM&Aでした。
間もなく社長が引退と長男の社長就任を宣言されました。
と同時に次男を買収した子会社の社長にしたのです。
これで兄弟とも社長職にすることができました。
しかし弟には「子会社の」という不満が出てくるかもしれません。
そこで次男には親会社の社長を補佐する役目をもった役員も兼任させました。
しばらくは会長として両人の関係の調整を図ることとされたのですが、親の意図をよく理解していた兄弟はお互いの役割を尊重して業務に励み、その後の両社の業績も順調に推移しています。
第10話「子どもを平等に扱うと事業承継で問題に」でも紹介しましたが、事業承継において兄弟の関係は大変微妙なものがあります。
そのため敢えて分社化して承継するケースもありますが、このようにM&Aという手段でそれをクリアすることも一つの方法と言えましょう。
このケースは偶然に持ち込まれた話ではありますが、それをうまく利用した社長に、「流石です」という言葉を贈りたいと思います。
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)