第27話「会社を売却し、社長は新たな道にチャレンジ」|事例に学ぶ 事業承継|【公的機関】事業承継プロジェクト|大阪の中小企業支援機関。 大阪産業創造館(サンソウカン)

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事例に学ぶ 事業承継
事業承継相談員が見聞きした事業承継にまつわる「うそのような本当にあった出来事」をシリーズで紹介していきます。
ただし、みなさまに問題点をわかりやすく考えていただくため、少し脚色しています。その点はご容赦ください。
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第27話「会社を売却し、社長は新たな道にチャレンジ」

私が敬愛する社長の事業承継の話です。
自ら開発した精密機器の部品メーカーとして創業されました。
その部品は、日本のみならず全世界で販売されており、業績は順調そのもので、アメリカ、東南アジアに現地法人を持つまでになっていました。

経営は順調で社長には悩みがないように思われました。
しかし、たった一つ、後継者問題を抱えていたのです。

社長にはお子さんが2人。
長女は芸術大学を出て同窓の芸術家の卵と結婚され、長男は大学に残って歴史研究者の道を進んでいました。
そのため2人とも会社経営には全く興味はなく、子どもへの承継の可能性は殆どゼロ。
社長自身の兄弟やその係累にも候補者が見当たりませんでした。

そこで事業・会社を継続していくために、まず選ばれたのは株式上場でした。
早くから証券会社、監査法人、信託銀行などの支援をうけ、着々と準備を進めました。
その結果、社内の体制は証券取引所の審査を十分にクリアするレベルに達したのです。

残った課題は業績。
順調ではあるものの、製造業がゆえに毎期相応の設備投資が必要です。
さらに海外展開も急ピッチで進めており、いわゆる先行投資が重く、上場に必要な業績安定にはもう暫く時間が必要な状況でした。

そんな折、社長が急病で倒れられたのです。
幸いにして発見が早く、緊急手術で一命をとりとめ、比較的短期間で現場復帰ができました。
短い期間でしたが、指揮官不在という状況下でも、幹部が中心となり大きな混乱なく乗り越えたのです。
上場に向けて社内の体制を整えていたからこそできたと言えます。
しかし、社長に不安が増したのは拭えない事実です。
自分の健康に不安を抱えながら、上場の時期が定まらないといった状況に。

そこで社長がとった選択肢はM&A。 取引で懇意にしていた大手上場企業への売却を決断されたのです。

実行に先立ち、社長職を信頼する若手役員に譲り、自らは会長になるという人事を行いました。
大手企業はこの事業には不慣れということもあり、売却後も経営陣に非常勤役員が派遣されただけで、従前どおりの体制を継続することとなったのです。
それから10年、事業は以前に増して好調を維持されており、経営陣もその当時のままです。

会長職に就かれた前社長は、経営の実務を新社長に譲り時間ができたことから、新たなチャレンジを始めました。
それはつながりのある中小企業と連携しての共同事業で、地域の活性化、中小企業支援という社会貢献になるものでした。

大病を患ったという面影も薄れ、活き活きと行動される姿は、尊敬以外なにものもありません。
一方、ご家族にとっても、一人前になるには時間がかかる研究者・芸術家の道に、経済的な裏付けができたことは幸せなことだと思います。

担当:田口 光春(タグチ ミツハル)

家族に後継候補者がいない場合の対策として、株式上場やM&Aの道も考えられる
進め方次第で、自分には新たなチャレンジの機会、家族には経済的安定を得られることも

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