第13話と同じように見事な引退劇を演じた経営者の話です。
会社はその社長によって創業され、技術の評価は高く取引先は海外にも広がっていました。
まさに一代でグローバル企業を育てた立志伝中の人物のひとりと言ってもいいでしょう。
その社長は向学心も高く、いずれは海外、アメリカでそれまで行ってきた経営を検証してみたいという思いを胸に秘めていました。
幸いなことに後継者候補として長男がおり、大学卒業後に他社修行を経て入社していました。
社内外の関係者誰もが認める後継者候補で、本人もそれに応えようと真摯に帝王学を学び、その器にふさわしい人物となっていきました。
その一方で社長は思いを実現すべく、少しずつ行動を起こしていたのです。
同社ではアメリカ市場の深耕のため、現地法人の設立を計画していました。
そのためのリサーチを社長自ら行ったのですが、実は自らの夢の実現のための準備でもあったのです。
この行動を可能にしたのは、後継者候補である長男の成長があり、安心して日常業務を任せることができ、長期間の社長不在も何ら支障にならなかったからです。
無事アメリカ法人を設立してから間もなく、社長交代を宣言されました。
この宣言自体は、既定路線として社内外に特段の驚きもなく受け取られました。
しかし、会長に就任されるだろうという周囲の憶測通りにはならず、「取締役も辞任し、アメリカ法人に専念する」と言い残し、ご夫婦で海を渡られたのです。
急な出来事に周りが唖然となったのは言うまでもありません。
こうしてアメリカに移住された社長は、希望であった大学院に入学され念願の学生生活をスタートしました。
しかし、アメリカ法人は、当初はそれなりに活動していたのですが、徐々に停滞し始め、いつの間にか閉鎖となってしまいました。
社長の思いをかなえるための隠れ蓑になってしまった点は、少し残念なところでもあります。
一方、会社は、後継者である長男が親以上の経営力を発揮し、さらなる成長を遂げています。
この社長の生き方は日本人離れしているかもしれません。
経営者をいつまでも続けるのではなく、人生はエンジョイするためにあるものであるという考え方は、実は創業社長にはまだまだ少ないように感じます。
今回の事例で言えることは、社長が潔く退いたからこそ、後継者が思い通りに経営することができたということです。
もちろん資質があることが前提条件ですが、全てを任されることで後継者の成長にも一層の拍車がかかったのでしょう。
いつまでも経営にしがみつき、衰えていく知力、体力、気力とともに企業の活力が失われていくいくつかのケースを見てきている者としては、事業承継の好事例ではないかと思っています。
担当:事業承継相談員 田口 光春(タグチ ミツハル)
事業承継に必要な準備へのアドバイス、また行動のためのサポートを行っていきます。経営者・後継者どちらのお立場の方でも、お気軽にご相談下さい。