今から30年以上前に出会った会社の話です。
当時はオーナーが社長でしたが、複数の会社を手広く展開されており、私が出会ったのはその会社を任せられていた役員の方でした。
謙虚な姿勢で、オーナーの意を汲みながら業務に励んでいるその方の姿には、とても好感が持てました。
あるとき、次のような話を聞きました。
いくつもの事業を手がけ、多忙であるオーナーはまもなく70歳を迎える。
しかしオーナー家には経営を任せるに適任な人がいないため、この会社の社長にはその役員が指名されることになる、と。
しかし、いずれはオーナー家の誰かに経営を戻してほしいと言う条件付きであり、株式はそのままオーナーが所持し続けるということでした。
まさに「所有と経営の分離」を行おうとされていたのです。
その後しばらく新社長にお会いするチャンスはなかったのですが、久しぶりに会ってびっくりしました。
以前とは違って自信に満ちあふれ、堂々とした経営者がそこにあったのです。
しかし何か危うさを感じたのも嘘でありません。
そしてしばらく新社長は飛ぶ鳥を落とす勢いで経営されていました。
一方、その陰ではその会社に大きな影響を与える変化が起きつつあったのです。
技術革新により、その会社の事業が根底から覆されることになる事態です。
新社長は社長就任と前後して、地元の経済界で多くの経営者との交流や、取引先との付き合いの中でスキル向上に積極的に取り組んでいました。
しかし後になって振り返ると、社長には経営と向き合うことの経験が不足していたと言わざるをえませんでした。
そして昔の事業環境しか知り得ないオーナーと十分な情報交換がないまま、オーナーの意向と勘違いして積極的な設備投資を、銀行借り入れで行われたのです。
オーナーの信用力をバックに、銀行の信頼は厚いものがあったため、資金は容易に調達できました。
しかし技術革新とは恐ろしいものです。
その会社の歯車を容易に逆回転させてしまいました。
後は坂道を転げ落ちるように、真っ逆さまに転落していきました。
つまりは倒産です。
その社長も銀行借り入れの個人保証のため、自己破産せざるをえませんでした。
そこで、この会社の社長交代、つまりは事業承継について検証してみましょう。
確かにオーナー家にはその時点で経営を引き継ぐ人が見当たらず、会社の中でも相応しい候補者がいなかったため、その社長に白羽の矢が立ちました。
それは致し方ないといえます。
しかし、それからの新社長の経営姿勢が問題です。
オーナーと適切な情報の共有もせずに,いわば独断での経営が行われていたことが、このような事態を招いた最も大きな要因であったと思われます。
適切な情報共有が行われていれば、オーナーは株主権を行使して新社長である取締役を解任できたでしょう。
所有と経営の分離と言っても、オーナーが経営を丸投げすることではありません。
新社長のその後ですが、実家に戻り、父親が行っていた家内事業を引継ぎ(ただし自己破産したため経営者にはなれませんでしたが)、家族で手堅く生活されています。
今のその姿はとても好感が持てます。
(2020年11月24日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)