典型的な男性の職場と思われる鉄鋼業で、後継社長に娘を抜擢した話です。
話を伺ったのは、間もなく同社が創業1世紀を迎えようとしていた時。
創業家親子で社長を引き継ぎ、信頼する補佐役が3代目社長を経て、2代目社長の長女が4代目社長に就任した頃でした。
男の職場とインプットされている鉄鋼業の社長を女性が務める。
昔気質の筆者は、当時は正直、違和感を覚えました。
そこで、会長としてサポートしていた2代目社長に、娘さんを社長にされた経緯をお聞きすることにしました。
2代目社長が真剣に後継問題を考えるようになったのは、古希を迎える頃とのことでした。
社長には娘さんが2人。
結婚が遅かったため、古希を迎える頃でも娘さんの年齢は30歳前後でした。
2代目社長も筆者と同じように、仕事柄、娘さんを社長にすることは、全く頭に浮かばなかったそうです。
長女に婿養子を迎え、その人をと考えた時期もあったようです。
長女は婿入りできる男性と結婚しましたが、医者であったため、姓とお墓を引き継ぐけれど、事業までは考えられないとのことでした。
困った2代目社長は、周りの様々な人に相談し、意見を求めました。
そして多くの人に「娘さんを社長に」と言われたのです。
娘夫婦に考えを伝えたところ、基本的には受け入れてくれました。
しかし、それまで会社に関わったことがないため、いわゆる教育期間を設けてほしいという条件がありました。
そのため、古希という年齢と、教育を親子間で行うことの危うさを考えて、信頼する補佐役の専務にその任に当たらせることにしました。
専務を社長にし、2代目は会長に。
3代目社長の最も重要なミッションは娘の教育、ということを両者で確認しての社長交代でした。
任期も3期6年とし、最後は親子で経営をしたいという2代目の強い希望にも副う形でした。
3代目社長をはじめ役員や社員も娘さんを好意的受け入れてくれ、順調な滑り出しとなりました。
日常業務は3代目社長や役員・幹部社員だけでなく、現場の社員たちも先生役となって導いてくれました。
一般的な経営知識を学ぶために、社長と相談しながら、銀行をはじめとした外部機関のセミナーや講座に積極的に参加されていきました。
そうして6年後、4代目社長就任の時を迎えました。
社内だけでなく、関係する周りの多くの人たちに祝福されての就任です。
それは社長の器として認められた証でもありました。
4代目社長に就任して10数年。
どこから見ても立派な経営者で、地元では女性の経営者の指導的役割を担うまでになっています。
その業界に女性社長は無理と少しでも思った筆者は赤面の至りです。
どんな業種・業態であっても、経営者に性別によるハンディキャップはないことはこの話で明らかでしょう。
(2020年2月25日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)