第14話「時間のない事業承継は選択肢が少ない」|事例に学ぶ 事業承継|【公的機関】事業承継プロジェクト|大阪の中小企業支援機関。 大阪産業創造館(サンソウカン)

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事例に学ぶ 事業承継
事業承継相談員が見聞きした事業承継にまつわる「うそのような本当にあった出来事」をシリーズで紹介していきます。
ただし、みなさまに問題点をわかりやすく考えていただくため、少し脚色しています。その点はご容赦ください。
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第14話「時間のない事業承継は選択肢が少ない」

とある会社の社長が突然訪ねてこられました。
「どうされたのですか?」とお聞きしたら、「実は・・・」と始めた話は驚愕の内容。
社長は悪性の腫瘍に侵され、既に手の施しようがなく余命1年と宣告されていたのです。
私は言葉を失ってしまいましたが、社長は意外に冷静で会社の行く末を模索されており、
その相談のためにお越しになりました。

社長が一代で築き上げた高い技術を持った会社で、
取引先からの信頼も厚くなくてはならない存在であり、
社員も100名を超えその家族を含めたら400名近い人の生活を会社が背負っているのです。
誠実な社長にとって、取引先に迷惑をかけたり、
社員とその家族を路頭に迷わすようなことはできる話でありません。

社長のご家族は、といえば奥様は専業主婦で会社とは無縁、
お子様もお嬢様ばかりで既に結婚し会社とは無関係の立場にありました。
公私の区別には厳格で、名ばかりの役員に親族を入れることはされていませんでした。
株式はほとんどが創業者である社長が保有している状況で、
経営も良い意味でのワンマン経営でした。

まず検討されたのはM&Aで、しかるべき会社に経営を委ねることでした。
しかし、これには残された時間が1年では少なすぎます。
まず、最も相応しい買い手が現れるかどうか分からないこと。
たとえ良縁に恵まれ、M&Aに成功したとしても、
その後本当の意味での経営を引き継ぐには一般的に数年を必要とします。
「あとはよろしく」といった無責任なことは、
社長の性格からしてとっても受け入れられるものではありません。

そこで出された結論は社員への承継でした。
幹部社員のうち最も信頼する者を次期社長に指名し、
その人を補佐する幹部にもその趣旨をよく説明し納得していただきました。
銀行借入に関する連帯保証、個人資産の担保提供に関しても、
新社長一人に背負わせるのは忍びないということで、
奥様を名ばかりに代表取締役会長として、連帯してあたることにさせました。
(この裏側には銀行の要請があったかもしれません。)

株式については、時間をかけて相続人から新社長を始めとした幹部に譲るように
指示されていました。(遺言の存在はわかりません。)
奥様やお嬢様もそれをよく理解されて、出しゃばらず、
会社に協力されることとなったのです。

社長が逝去されて10年近くたちました。
新社長もその意を汲み、献身的に社業に励まれ、
以前に増して高い業績を継続されています。
株式も徐々に買い取られ、今では個人筆頭株主になっています。

60歳前後で亡くなられた社長の気持ちは察するに余りありますが、
現在の会社の状況をご覧になれば高い空の上で満足に思われているのではないでしょうか。

担当:田口 光春(タグチ ミツハル)

社員に引き継ぐには将来までの配慮が必要
家族の理解が円満な事業の継続を可能とする

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