第76話「経営者が後継者の適・不適を決めるものは?」|事例に学ぶ 事業承継|【公的機関】事業承継プロジェクト|大阪の中小企業支援機関。 大阪産業創造館(サンソウカン)

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事例に学ぶ 事業承継
事業承継相談員が見聞きした事業承継にまつわる「うそのような本当にあった出来事」をシリーズで紹介していきます。
ただし、みなさまに問題点をわかりやすく考えていただくため、少し脚色しています。その点はご容赦ください。
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第76話「経営者が後継者の適・不適を決めるものは?」

第72話第73話に続いて女性後継者の事例を取り上げます。

社長と知り合ったのは、遡ることほぼ30年前。
既にオーラを持った社長として活躍されていました。
ある時、2代目を継がれた経緯をお聞きすることができました。

会社は、とある地方の特産品を全国の消費者に届ける、ということを目的に社長の実父が創業され、広く消費者に受け入れられて順調に業容を拡大されていました。
社長は一人っ子でした。
承継の課題が出始めた当時も経営者は男性というのが一般的で、それに習い、創業者は一人娘に婿を迎え、将来の後継候補とされました。

ところが、その方は経営者には向かないのでは、と思われるような節があったようでした。
人柄は申し分なく、周りと上手く協調して関係性を築いていくことには長けていました。しかし、中小企業の経営者として、将来の道筋を自ら構築し、周りを巻き込んでその方向に進んでいく、という積極性が乏しいと感じられたようです。

そのため、創業者である父親は、なかなか婿に社長を譲るという決断ができないでいました。
間もなく喜寿を迎えようとしていた時に病魔に見舞われ、後継者決定が待ったなしの状況となっても、婿を指名する決断を躊躇われました。

父、母、娘の3人で話し合うこと数度。
社長は、「お父ちゃん、社長、私がやるわ」と言われたそうです。
「よく決断されましたね」と伝えたところ、「だって、子供のころからお転婆の私でしたから」とにっこり微笑んで答えてくれました。
人として尊敬できる旦那さんには、自身の良きパートナーとして働いてもらうよう、責任あるポストへの就任をお願いしました。

間もなく創業社長は旅立たれましたが、後を継いだ2代目社長の活躍は目覚ましいものがありました。
良い意味で「お転婆」を地で行く活躍で、持ち前の行動力で全国に得意先を開拓するとともに、工場も消費地に近いところに設けるなど、まさに八面六臂の活躍でした。
自社の運営ばかりか、本社を構える地域での経済活動にも積極的で、特に女性経営者の指導的な役割を担い、いくつもの公職も兼任する多忙な生活を送られました。

2代目社長も古希を迎えようとされる頃、社長職を無事に息子さんに譲られ、会長として3代目を支えられています。
孫たちの世話などで、悠々自適な生活を送っておられると思いきや、経営の第一線からは少し退かれましたが、外部からはまだまだ引手数多で、その活躍は以前と変わらないように見受けられます。
どうぞご自愛のほどお願いします、とお伝えしたいです。

(2020年5月26日更新)

担当:田口 光春(タグチ ミツハル)

「後継者には自らやる『覚悟』と『行動』が必要」
「経営に『女性だから』という言葉はない」

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