工具卸を業とする会社の承継問題です。
                                    社長は創業者で、一代で中堅企業に育て上げた実力派社長でした。
                                    会社には娘婿が専務として入社しており、後継者として遇していました。
								
									社長がまもなく喜寿を迎える年齢となったある日、言動が何か変であることに家族が気づきました。
                                    日常業務は専務が仕切っており、特に支障が出ることはなく、取引先や銀行などに気づかれることはありませんでした。
								
                                    しばらく経つうちに病状が深刻になってきたため、専務の配偶者である社長の長女が、社長の交代を要求しました。
                                    しかし、社長は頑として首を縦に振りません。
								
                                    銀行取引に使う印鑑は社長が握ったままでした。
                                    日常業務に支障が出ては事が大きくなるからということで社長を説き伏せ、印鑑を長女が預かることになりました。
								
                                    印鑑を預かり現預金の動きをチェックしてみると、社長の病状を悪用して社員が金銭を不正に持ち出していたことが発覚しました。
                                    社員は厳正に処分しましたが、社長という会社の要がぐらつくと、このような思わぬ不具合が出てくるのです。
								
                                    さらに社長の病状は悪化し、認知症で介護認定を受ける段階に至りました。
                                    こうなると、実務的にも法律的にも、会社の運営に差し障りが出てきます。
								
                                    家族は再度、社長を交代するよう本人に伝えましたが、症状が出ているのかわからない状態で、申し出を断固拒否してきました。
                                    そうなると強行することもできず、法律の専門家のアドバイスに頼ることにしたのです。
								
                                    一般的には、親族からの後見人を家庭裁判所に申し立て選任してもらい、財産管理、株主総会への出席・決議に参加する株主権の行使などを委任することが、一番に考えられる対策です。
                                    しかし、これには選任までに数か月の時間がかかり、かつ後見人(後見制度には『補助』、『保佐』、『後見』があり、保佐と後見の場合)が選任されると、法律上、取締役の資格を失うことになります。
								
                                    そこで専務を代表取締役にし、複数代表制を採用することを提案されました。
                                    定款を確認したところ、代表取締役の員数に制限はなく、複数置くことは可能でした。
                                    また、取締役会設置会社(複数の取締役が選任・登記されている)であったことが幸いし、こうした対処をすることができたのです。
                                
専務の肩書のまま代表取締役に就任した娘婿は、銀行を始め主要な関係先に出向き、ことの次第を説明、理解していただき、事業も円滑に続けることができました。
                                    しかし、まだ難題が残っていました。
                                    それは株主総会に関することです。
                                    株式の多くを社長が保有する状況では、役員の選任もままなりません。
                                    任期満了での役員改選もできないとなると、別の法律問題が出てきます。
								
                                    では贈与や売買で株式を移せばいいのではと思われますが、本人の意思確認ができないとのことで認められないでしょう。
                                    この状態になると八方ふさがりです。
                                    最終的には、後見人を選任していただくほかありませんでした。
								
                                    家族の方々の社長を思う気持ちと現実を掛け合わせると、どのようにも手を差し伸べられなかったことが残念です。
                                    こうなる前に社長に決断してほしかったというのが本音です。
								
(2017年11月21日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)
