一代でグローバル企業を築いた経営者の話です。
会社の経営も順調で将来を見越しても特に懸念することはなく、強いてあげるとしたらカリスマ創業者の後継問題くらいでした。
事業はグローバルに展開していましたので海外の経営者との交流も必然です。
そこで知己を得たある外国人のベンチャービジネス経営者の一人に、「あなたはビジネスを息子に譲るのか?」と後継問題を尋ねたときの回答は意外なものでした。
「息子に(承継する)?とんでもない。そんなことをしたら息子が可哀そうでしょう。
(息子が)自分が経営して、私から相続した株の評価が下がってしまい(つまり、息子の経営能力に疑問である)、財産を減らすことになるから。」
といった趣旨だったのです。
それを聞いた経営者は共鳴するところがあったのでしょう。
それ以降、「俺の後の社長は同族以外から選ぶ。会社の非同族化を進めていく。」と会社の内外に公言するようなったのです。
現実に役員・従業員の中から後継候補複数名を選抜し、後継者教育を進めました。
「同族脱皮」はとても魅力的、理想的な言葉です。
しかし、現実はどうであったか。「派閥」ができ始めたのです。
後継候補者を巡って各々に取り巻きができて社内がぎくしゃくし、業績への影響も懸念され始めました。
そこで経営者は前言撤回を宣言し、他社に勤務していた子息を本人の意向も確かめたうえで入社させ、後継者として手元で育てることにしたのです。
後継に指名されていた人たちの中には希望を失い退社する人も出てきましたが、社内に納得感が広まったのも事実です。
手元での後継教育を行い、10年後に無事社長の椅子を子息に譲りました。
その後も会長として社長を補佐するとともに、経済界活動にも尽力されました。
もちろん会社の業績も順調であることは言うまでもありません。
この話を聞いて2つの重要な点に気が付きました。
まず「同族経営からの脱皮」といえば耳触りが良いですが、実際に行おうとするといろいろな障害が出てきます。
後継者選びの基本は、“社内外の誰でもが納得する人材である”ことと、“後継者が誰かを経営者自らの口で伝えることが大切であること”なのです。
2つ目は、朝令暮改を恐れないことが経営者の決断で重要であるいうことです。
「脱同族」を公言しながらそれを覆すことはプライドが許さないですし、優柔不断という印象を与えてしまいかねません。
しかし、自分の間違いに気が付いた時に、素早く前言訂正することは、会社を正しい方向に導く舵取りには欠かせないことです。
事例のように大きなトラブルにならず、その後も成長し続けられたのは、その時点で取った舵の方向が正しかったからと言えるでしょう。
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)