80歳を超えても会長として息子である後継者をサポートしている会社の事業承継、子どもが複数いる場合における処遇の仕方についてのお話です。
当時はまだ社長でしたが、その会長に初めてお会いしたのは四半世紀近く前です。
壮年期の、正に脂の乗り切った経営者というのが第一印象でした。
お父様が創業され、引き継いだその社長が事業をさらに成長させ、ニッチな分野でしたが国内でほぼ独占する製品を扱うまでになっておられました。
2代目社長には息子が2人いました。
長男は医師をめざして有名大学の医学部へ、次男は理科系科目が得意でないことから、経営学の著名な学者がいる大学へとそれぞれ進学されたのです。
その後、長男は無事医学部の学びを終え、大学の付属病院勤務をされるようになりましたが、将来は独立を希望していました。
次男は大学を卒業後、担当教授の大学院進学の勧めを固辞し、将来の承継のために大手企業に入社しました。
そして、いよいよ次男は後継者候補として会社に入社しました。
そうした折に2代目社長と親しく懇談する機会を得たのです。
私が、
「お子様2人はそれぞれの道を進まれ、かつ後継者にも困らないことになり、社長も会社も安泰ですね。」
と伝えたところ、
社長は「いやいや、まだまだ分かりません。私の相続が終わるまでは何が起きるかわかりませんから。」
と言われました。
その時の私の率直な感想は、何をわがまま言っているのですか、といったところでした。
しかし、その後の社長の動きをみていると、その言葉の重みを感じざるを得ませんでした。
それを一言でいうと、「経営と個人の分離」です。
まず、医院開業をめざす長男には開業資金の多くを社長個人から出してやり、一方次男には将来の経営が安心して行えるよう会社経営に関するもの、つまりは会社株式をできる範囲で譲られたのです。
それは、会社の経営は次男に任せた、長男は経営に口出し厳禁というメッセージが込められた処置でした。
さらに70歳を過ぎて間もなく、社長の座を次男に譲り、自らは会長になられたのです。
そこでも二頭政治にならないよう、会社経営の実務は次男の新社長に任せ、会長は業界団体や地元経済界の活動を主とされ、経営には求められたら意見を言う程度にされました。
意気に感じた新社長は真摯に経営に向かい、会社は更なる高みに向う推進力を発揮されたのです。
この会長の行動は、子どもの処遇と経営というもののあり方を教えてくれました。
子どもへの財産の分与はあくまでも平等であるべきですが、その内容までは問われません。
長男の進みたい道に必要な支援は惜しみなく行い、その代わり次男に譲る会社経営には口出し無用というメッセージが込められています。
また次男には会社経営に必要な財産を譲り、たとえ兄といえども口出しできないような仕組みで安心して経営できる体制を作られたのです。
そして経営そのものも、会長という立場でサポートしながら、決して二頭政治にならないよう次男の自主性を尊重されたことで、次男は経営者としての風格をいち早く身に着けられました。
子どもは誰でも可愛いものです。
決して区別できるものであることはありません。
しかし、こと事業承継となるとシビアにならざるを得ません。
本ブログでも問題ある事例として第10話、第59話、上手な対応をされた事例として第11話、第33話、第65話がありました。
本当に複数の子どもの処遇と事業承継は難しい問題をはらんでいますが、正に的確な対応をされた事例であったと思います。
(2021年5月25日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)