日本の中小企業を取り巻く喫緊の問題が“廃業数の増加”であると、官民挙げて問題提起しています。
それを解決する手段として大いなる期待をされているのが『M&A』です。
しかし、現実にはそんなに簡単に取り組める課題ではありません。
それが顕著にみられる事例に遭遇しました。
創業半世紀を越えようとしている建設資材卸の会社がありました。
社長は創業者の長男で2代目。
古希を超え、事業承継が経営の大きな課題となっていました。
事業は順調で、その点では何の問題もありませんでしたが、後継候補者が見当たらなかったのです。
長男は学者として、長女はファッション系で、それぞれ確たる地位を確立し、会社を継ぐ可能性は殆どありませんでした。
社員は日ごろの業務をこなす人材としては問題ありませんでしたが、経営を担う人材としては社長の目に適う人は見当たらず、社員継承の可能性もありませんでした。
そこで考えたのがM&A、会社売却でした。
私が社長と面識を持ったのは丁度この頃でした。
社長は取引銀行やM&A仲介会社などに声をかけていました。
その動きを聞いたときの社長の返答は
「銀行も仲介会社も私の思いを汲んだ会社を紹介してこない。
何でもいいから手数料を稼げたらいい、という姿勢が丸見えだ。」
ということでした。
社長は親から引き継いだ会社に深い思い入れを持っておられました。
その思いを汲み取り、引き継いでくれる先を欲していたのですが、そうした先を紹介されることがなかったようでした。
しばらくそうした交渉の不調が続いていたのですが、ある日、いい相手を紹介されたというニュースが届きました。
社長も納得し、
「今度の先は私の思いを感じてくれるいい先だ。
(M&Aの)話を進めてみたいが、とりあえず見合いから進める。」
ということでした。
そして、順調に交渉が進んでいると思われた半年後に、社長から電話がありました。
「あの話は止めた。話を進めていくと私の思いとはかけ離れた相手であることがわかったから。」
ということでした。
その顛末を詳しく聞きながら、社長のことを次のように理解することができました。
社長は、現段階では会社を売却する決意まで至っていない。
つまり、会社、社長家族の置かれた状況を考えると、事業承継の方法としてはM&A以外は見つからないことは理解できている。
しかし、古希を過ぎたばかりで残りの人生もまだまだあり、身体も健康であることから、引退してしまうことに寂しさを実感されている。
結論を先送りしたいというのが本音なんだと。
それから5年ほどが経過しましたが、現役でバリバリ社長業をこなされています。
事業承継の手段としてM&Aが取り上げられますが、それが可能かどうかは社長の決断次第です。
引退して何もなくなった時の、特に男性の身の置き所は、サラリーマンの定年後が話題になりますが、経営者とて同じことが言えます。
見事な引退劇(第7話、第13話、第23話、第27話、第31話)がある一方で、いつまでも社長業にしがみつく姿(第2話、第53話)も見てきました。
しかし、それを決して非難することはできないと思わせる出来事でした。
(2018年10月23日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)