その会社と出会ったのは25年以上前です。
既に創業から半世紀以上経過した会社で、当時(現在も)の社長は創業者の子息であり、創業者の急逝により叔父の中継ぎ社長を挟んでの3代目でした。
創業以来、化学薬品原料を取り扱う問屋業で、既に100億円企業になっていました。
社長は経営の仕振りも人となりも好感が持てる人物で、初めてお会いしてすぐにファンになったのを思い出します。
しかし社長には事業を継続していくうえで大きな問題がありました。
それは子どもがいないことです。
さらには兄弟もなく、身内で事業を継いでいく可能性はゼロでした。
奥様との仲はとても良く、正に夫唱婦随のお二人でした。
それだけにこの状況をお聞きした時は、社長の苦悩を思うと居ても立ってもおられないといった感じになりました。
さらに会社の業績がすこぶる好調であったことから、会社株式の評価額もうなぎ上りとなっており、社内で後継者を指名しても、その人が株式を取得することは殆ど不可能な状況で、社員継承も相当難しいと思われました。
その後、その会社と私の縁は薄れ、20年以上が過ぎましたが、ある日久しぶりに社長と親しく話をする機会ができました。
その時社長は嬉しそうに、事業承継の対策を着々と進めていると話されたものの、話を聞いて驚きました。
それは何のためにそんな対策をしたのか、事業承継の対策には何の役にも立っていないのではないかという疑問が沸々と湧き上がってきた話でした。
社長はホールディング、つまりは持ち株会社設立することで問題を解決したように思われていたのです。
確かにホールディングは事業承継というより相続(税)対策の手段として多く用いられています。
しかし、出来上がったホールディングの形を見ると、とても相続(税)対策になっているようには思われません。
祖業の会社をホールディングに組織替えし、ホールディングによる出資という形で新しく子会社を設立して、そちらに事業譲渡されていたのです。
ホールディングの株主構成はそのままのため、社長ご夫婦の株式持分は以前のままでした。
従ってご夫婦の相続財産価値には何ら変更はないのです。
どうしてこのようなことになったのかを尋ねると、いろいろなところから事業承継対策の必要を指摘され、それを解消する手段としてホールディング案が提案されたとのことでした。
しかし、これでは事業承継対策に何ら貢献していません。
確かにホールディングは事業承継対策の手段として有効なものではあります。
一方でその前提には、後継者が明確に定まっていることが必要です。
このケースのように、後継者が明確でない状態でホールディングを作っても、結局はホールディングを誰が引き継ぐかという問題が残されるのです。
ホールディングにしても、一時もてはやされた社団法人にしても、使い方によってはとても便利なものです。
しかし、事業承継の本筋である誰に継がせるかといった、子どもなどの親族や同族外の役員・社員だけでなく、他社への譲渡、いわゆるM&Aも含めた次世代の経営をどうするかが明確でない状態での承継対策は、問題を抱えたまま、あるいは問題の先送りにしかならない可能性があります。
承継はいろいろな人の意見を参考にして、最も納得のいく方法で進めていきましょう。
そして、その基本は社員と取引先を含めた関係先に安心してもらえるようにすることです。
(2021年2月22日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)