ニッチ分野ながら特殊な計測機器を開発、販売し、世界的な知名度をもつ会社の話です。その機器の原型を作ったのは先代である創業者で、それを発展させて現在の地位を確立したのが先代の息子3人です。
製品開発、製造、営業・管理とお互いに専門とする分野を担当し、まさに鼎で経営を行い、高収益企業になっていました。
先代の考えは兄弟平等で、持株も同数。
お互いに先代の思想を尊敬して受け入れ、各々の持ち場で能力を発揮していました。
この会社も典型的な日本的中小企業で、儲けは自分達(株主)で受け取るという考えは全くなく、会社の内部留保として処理してきました。
その結果、自社株の価格は高騰し、その総額は数十億円に達しようとしていたのです。
そのまま相続となると多額の税負担を子孫に負わせることになります。
生前贈与という手段にしても然りです。
まさに第20話が思い出される話です。
ただ、第20話の会社と違ったのは、総務・経理周りを担当している長男が柔軟な発想の持ち主であったことでした。
財務内容が抜群の会社であると、相続税対策を必要とする会社と見られ、銀行・税理士・保険会社などが、さまざまな提案を持ちかけるものです。
彼らの商売柄、一定の利益を得ようとする言動を見ながらも、長男はそうした意見を参考にしながら対策を講じました。
まず考えたのは、会社の将来像です。
創業者である父親の考えを引き継ぎ、特定の家族だけが経営に関わるのではなく、将来も一族で経営していくことを基本として考えられました。
そして行き着いた案が、持株会社の利用でした。
それぞれの子どもたちが平等の出資者となり、会社を設立しました。
その会社を自社株の受け皿会社としたのです。
しかし、当然のことですが新会社の出資金だけで、株式を取得することはできません。
そこで取引先銀行の協力を得て、数十億円という借り入れを行い、当時の株主から全株を買い取ることにしたのです。
借入金の返済が心配になりますが、そこは高収益企業です。
多額の配当を行い、返済、金利支払いの原資にするというシナリオが描かれていました。
株式を売却した3兄弟には多額の株式売却益にかかる譲渡所得課税が課せられました。
しかし、将来発生するであろう相続税と比較したときにどちらが有利かを、税理士の知恵を借りながら見極めた上での実行でした。
業績はその後も好調を維持する見込みであったため、対策を先延ばしにすれば相続税は今以上になることは確実でした。
これが正解であったかどうかはわかりません。
将来も一族が円滑な関係を維持できるという保証もありません。
しかし、今できる最善な対策を行うことが、事業を引き渡す側の責務でもあります。
事業承継に関しては、正解はありません。
いろいろな専門家の意見を参考にしながら、自らの答えを出されたこの会社の経営者たちには、敬服に値するものがあります。
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)