ある企業の事業承継対策について紹介します。
それは第7、22、27、36、52、58、68話で紹介したM&Aにまつわる話ですが、それらの事例とは少し趣を異にしています。
その社長は、とある地域でそれまで培ってきた電機と機械を繋ぐ制御技術を用いて、地場経済が必要とする機械設備を開発製造する会社を興し、地場で注目されるベンチャー企業を育て上げてこられていました。
優れた技術を持ちながら、地場にこだわったことから市場の広がりを作ることができず、その成長には物足りないものがありました。
本来なら創業後10年ほどで株式公開をと目論んでいたのですが、それは果たせず最もいら立っていたのが社長本人でした。
株式公開もできず、社長自身が還暦を過ぎ、真剣に事業承継を考えなければならない時期に差し掛かっておられました。
社内には弟が補佐役として入っていましたが、年齢も近く後継者としてはふさわしくありません。
社長にはこどもがなく、弟にはこどもがいるものの有力企業に入っていましたので、会社を継ぐ気はさらさらありませんでした。
さらに事業承継を難しくしていたのが株主構成でした。
ベンチャー企業としての名声が高まるに従い、いろいろなところから出資の話が持ち上がり、それを受け入れた結果、外部株主が一定のシェアとなっていたのです。
もちろん成長過程ではその出資金は貴重な役割を果たしたのは確かでしたが。
では、社内ではどうかと見渡しても、その器にある人物は見当たりません。
なかなか迷路を抜け出す道が見つからない時に、あるところから思いがけない申出がありました。
それは金融機関の関連会社が、社長の悩み解消のお手伝いをするというものでした。
そのスキームは、外部に出ていた株式をその関連会社が買い取るほか、同族等からも一定の割合で株式を譲り受けます。
そこには資金を必要とする同族も、この際に一定の額の金銭が得られるようとする配慮がありました。
しかし経営権を握るまでの比率は希望せず、実際の経営権は社長がそのまま握って経営する。
事業承継は10年程度という長期間をかけて売却先を探すというものでした。
そして約10年が過ぎました。
未だに当時の社長が社長の地位におられます。
一見回りくどいようなスキームですが、以前にこのコラムで紹介したようにM&Aをするためには時間が必要であることからも、納得できる対策なのです。
与えられた時間的猶予で、会社のブラッシュアップと満足できる売却先に出会うことをめざすというその取り組みには理解できるものがあります。
(2022年1月25日更新)
担当:事業承継相談員 田口 光春(タグチ ミツハル)
事業承継に必要な準備へのアドバイス、また行動のためのサポートを行っていきます。経営者・後継者どちらのお立場の方でも、お気軽にご相談下さい。