第74話「後継者にする基準は?」|事例に学ぶ 事業承継|【公的機関】事業承継なんでも相談所|大阪の中小企業支援機関。 大阪産業創造館(サンソウカン)

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事例に学ぶ 事業承継
事業承継相談員が見聞きした事業承継にまつわる「うそのような本当にあった出来事」をシリーズで紹介していきます。
ただし、みなさまに問題点をわかりやすく考えていただくため、少し脚色しています。その点はご容赦ください。
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第74話「後継者にする基準は?」

創業から70年になろうとしている製造業の事例です。
私が2代目社長にお会いしたのは、社長就任間もなくの30年ほど前のことです。
創業者は父親で、40年近くかけ有力企業に育て上げ、満を持して息子に社長を譲られて間もない頃でした。

当時の社長には兄が2人おり、それぞれ専務、常務として会社経営の一翼を担っていました。
初めてお会いした当初は、なぜ2代目が社長になったか不思議に思ったものです。
それから親しく交流をさせていただく中で、その経緯を聴くことができました。

社長は大学で文科系学部を専攻し、大手企業に就職しました。
その時は、父親の会社に関わることは全く思っていなかったそうです。
就職して2年ほど経ったころ、父親から会社に入るように言われました。
既に兄2人が入社されていたのにも関わらずです。

入社直後には、いきなり遠方の営業所勤務を命じられ、そこで営業しながら会社の業務を学びました。
そして、次に命じられたのは、有力得意先への出向でした。
そこでは、文科系出身であるというハンディを克服すべく、技術的な分野にも取り組まれました。
本社に戻ってからは、製造現場の責任者・経理・総務部門と、会社のほとんどの部署を経験されました。

その経歴は、正に後継者教育として経験させるべきところの歩みでした。
まさに、創業者である父親が思い描かれていたのでしょう。

そして迎えた社長交代。
兄2人を差し置いての社長就任となりました。
なぜ自分を社長に指名したのかについては、直接父親から聞くことはなかったとのことでした。

第5話第11話で紹介したように、後継となりうる子供が複数の場合、誰を選ぶかはなかなかの難題です。
後で分かったことですが、父親が知人に語っていたという後継者決定の決め手がありました。
それは、「健康である」「運が強い」「公私混同をしない」「友達が多い」といったことだったようです。
特に「友達が多い」という点については、あまり思いつかない観点ではないでしょうか。

また、兄達には父親が思いを正直に伝え、納得してもらっていました。
そして、兄達には経営に影響がない財産で手厚く報い、後継者には安心して経営できるよう株式を集中して承継されたのです。
それから間もなく父親は他界され、兄2人も経営の一線から退かれました。

社長になって30年ほどが経過し、古希を迎える頃に、3代目への承継となりました。
先代である父親の資産承継の配慮により、何も問題なく息子に継がせることができました。
今は会長として息子の経営をサポートする悠々自適な立場におられます。
これも先代の事業承継対策のおかげであることは間違いありません。

(2020年3月24日更新)

担当:事業承継相談員 田口 光春(タグチ ミツハル)

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