私がその会社に関わったのはほぼ20年前。
3代続く老舗企業でしたが、その事業規模たるや一部上場企業に匹敵するものでした。
その礎を築いたのが3代目社長で、海外にも複数の工場を持つなど、まさに中興の祖と言える働きぶりでした。
社長の悩みは、同族間で分散する株主構成でした。
一族の中で会社に関わっているのは3代目社長とその長男だけで、他の株主は配当を期待しているだけに過ぎず、面識すらない人も多くいました。
さらに株式保有の分散が甚だしく、中心となる(税務上ではなく会社経営についての)株主が存在しないほど細かく分散していました。
社長とその家族分を合わせても30%に届かない状態だったのです。
社長は、この事が将来の大きな問題の火種になりかねないことを認識されており、いろいろな専門家にアドバイスを求めながら対策を検討していました。
しかし、そこに『株価』という大きな壁が立ちはだかりました。
非上場企業のため、税法上で同族株主と認定されると、多くは法に定める算式で算出された価格以上でないと株式移動に問題が発生します。
会社は業績が極めて良好であったため、社長が他の一族から買い取るにも法外な金額が必要でした。
社員持株会であれば例外的算式での買取は可能でした。
しかし、高額であることを知っている株主が低価格で手放すことに同意する可能性はほとんどありませんでした。
社長が望んだ株主構成の是正は何ら実行できず、時間だけが過ぎていきました。
そうして間もなく古希を迎えようとした社長が病魔に襲われました。
長男が入社していましたが、30歳代半ばで、役員(取締役)に就任して間がなく、経営を担うにはまだ十分とは言えない状態でした。
そして、後継を託せないまま、社長は逝去されました。
社内では、長男を中心に経営していこうという空気で包まれていましたが、一部の株主から反対が起こりました。
「まだ若い。この大きな会社の経営を任せるには不安のほうが大きい」と。
その結果、番頭格の役員が一部の株主から社長に推挙され、就任することになりました。
しかし、新たに社長になった人も、自らが会社を仕切っていくことは難しいと考え、専門会社を通じて大企業の役員経験者を新社長に迎えることにされたのです。
以来、社長の座は創業家一族には戻っていません。
3代目社長の長男も一連の騒動に嫌気がさしたのか、社を離れました。
今後も、資本と経営が分離した状態で、経営が続くものと思われます。
経営権の裏付けがないために経営者が思い通りの承継ができなかったケースは、第38話や第41話でも見てきました。
今回もまた、それらの話に通じるものがあります。
(2019年10月21日更新)
担当:事業承継相談員 田口 光春(タグチ ミツハル)
事業承継に必要な準備へのアドバイス、また行動のためのサポートを行っていきます。経営者・後継者どちらのお立場の方でも、お気軽にご相談下さい。