とある地方の地場産業で確固たる地位を構築していた企業の、10年以上前から続く話です。
その会社は当時業歴80年ほどを誇り、社長は2代目で創業者の息子が就任していました。
そろそろ事業承継、社長交代の時期を迎えていましたが、社長の子どもは女性2人で承継には興味がありませんでした。
社内を見渡すと、番頭格を筆頭に社長候補と目される社員はいるにはいましたが、社内承継となると自社株の承継や銀行借入に対する個人保証など高い障壁がありました。
特に自社株は歴史ある収益力の高い企業であったために、かなりのお金が必要でした。
そこで当時、社長はM&Aも事業承継の選択肢の一つとして考えていました。
ちょうどそのタイミングでM&A仲介会社からの接触があったのです。
早速仲介を依頼することになりました。
仲介業者が紹介したのは、証券取引所の新興市場に上場したばかりのベンチャー企業でした。
上場で得た資金をM&A、投資に使い、成長を加速させているという評判の企業です。
ただ、双方の事業は比較的近いものではありましたが、さほどシナジー(相乗)効果が出るようにも思えませんでした。
無事契約が成立し、M&Aは終了しました。
社長(一族)は相当な額の自社株売却代金を手にし、会社も社員の中から社長を選抜し、これまでの体制で運営されることになりましたので、先ずはめでたく一件落着に思われました。
ところが買収企業が、積極的な投資が裏目に出て大幅な赤字を計上するようになり、実質経営破たん状態に陥ったのです。
経営実権も転々としたのち、最終的には法的手続きで倒産することになりました。
株式を100%握られたこの企業にも影響がないはずはありません。
親会社が法的手続きに入るや否や、自社株式の買戻しの要請があり、結局自社株として買い取ることにしたのです。
そのため、多額の出費を余儀なくされ、財務内容を棄損させてしまいました。
最終的には、業歴に裏付けられた事業基盤を背景に自立した企業に戻ることができましたが。
安定した事業を継続できていることは社員や取引先にとって幸せなことではあったのですが。
こうした波乱の10年間を元オーナーはどのように見ていたのでしょう。
そして動乱に巻き込まれた社員のみなさんの気苦労は如何ほどのものであったか、察しても察しきれません。
元オーナーの経営から今の経営体制に直接移行されてもよかったのでは、と思うのは私だけでしょうか。
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)