第2話で経営者の出処進退が承継後の経営に影響する事例をご紹介しました。
前回は失敗事例でしたが、今回は見事な成功を遂げた企業の事例をご紹介しましょう。
とある会社に数年ぶりに訪ねた時です。
社長が息子さんに代わり、円満な事業承継が行われたことは知っていましたが、
新社長とは初対面。業況は以前に増して好調でした。
事業の状況をお聞きすることがひと段落したときに、
「ところで前社長、お父様はどうされていますか?週一くらいで来社されていますか?」と質問したところ、
その答えは「完全に引退し、会社には出てきていません」という意外なものでした。
確かまだ60歳代だったと思います。
「では日ごろは何されているの?」という問いには、
「趣味に生きています。旅行三昧です。」ということでした。
前社長とちょくちょくお会いしていた頃には、現社長は会社の管理職ではありましたが、
入社経歴も浅く経営にはほとんどかかわっておらず、
いわゆる前社長のワンマン経営の状態でした。
それがわずか数年で理想的な事業承継をされていたのです。
新社長は30歳代半ばです。
いつの間に帝王学を授けられたのでしょう。
その答えはいただけませんでした。
しかし、あとから振り返りますと、前社長はかなり用意周到な事業承継をなされています。
事業の方向性を明確に定め、向かうべきところが社内で共有化されていました。
それは本業以外には手を出さず、設備投資も必要最小限に止め、
会社の将来を左右する研究開発に重点を置いたものです。
以前にお会いした時には、将来ある地方での工場建設を明確に打ち出しておられましたが、
現在の工場で生産能力は十分と判断されたのでしょう。
その話は立ち消えとなり、その結果財務内容が格段に良くなり
借入も銀行とのお付き合い程度に減っていました。
こうした状況では、新社長には申し訳ありませんが、
誰が社長をしても問題なく経営できるでしょう。
しかし、新社長も優良企業の社長という椅子に胡坐をかくことなく、
父親の信念を受け継ぎ、すでに敷かれていたレールにさらに磨きをかけていました。
安定した事業を次世代に引き継ぐことが経営者の重要な役割で、
それがあれば後継者も安心してその立場に立つことができるという良い事例だと思います。
いまでは、比較的ニッチな業界ではありますが、
他社の追随を許さない確固たる地位を築いています。
今後は新社長のカラーをどのように出していくか、
いわゆる「守・破・離」をどのように表現されるか大変楽しみです。
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)