第42話で兄弟が関わる承継の難しさをご紹介しました。
それは後継候補者の資質による問題と、継がせる側の気持ちの問題がある、との問題提起をするものでした。
今回ご紹介するのは、最終的に社内承継を選択された事例です。
まもなく創業半世紀を迎えようとしている特殊化学薬品メーカーの話です。
製造業ということもあり設備資金の調達などで創業時には相当苦労をされたそうです。
事業の先行きに自信が持てる段階になって、他社で働いていた弟を補佐役として呼び寄せました。
弟を専務の職に就け、社内の序列はNO2となり、周囲からは後継候補の一人と見られていました。
そこには、社長は結婚が遅く、40代半ばで授かった子どもは女の子で、子どもに継がせるとしても、まだまだ時間がかかる状況がありました。
そうした中、まもなく還暦を迎えようとしていた社長に「後継者はどうするのか。弟さんにするのか。」といった質問をしたことがありました。
そのとき社長は、「専務はねえ・・・・」と言葉を濁されたのです。
社長にふさわしいと思っていなかったのです。
その後、専務を子会社の社長に就任させ、本体の経営からは切り離されました。
そして社員の中から、期待する人材を複数人、役員に登用し、次を見据えるようになりました。
社内承継で問題となるのは、第38話、第41話でご紹介したような、経営権の裏付け、つまり株式の持ち分問題と、銀行借り入れに対する個人保証が壁となるケースが一般的です。
この会社では時間をかけて2つの問題を解決されました。
まず株式の問題では、できるだけ広く株式を保有してもらうべく取引先などに協力を仰いだほか、従業員持株会、役員持株会を作ることで社員・役員にも保有してもらい、特定の株主に偏らないようにされたのです。
もちろん自分の持ち分も過度にならないように。
借入の個人保証に関しては、無借金経営がベストですが、メーカーでは設備投資は欠かせないため、全て返済するに至るまでの道のりは大変険しいものになります。
そこで、事前に銀行に掛け合って個人保証をなくしてもらうよう働きかけ、無事それも達成されました。
今では「経営者保証ガイドライン」が制定され、国、金融機関連携して個人保証をなくす動きがありますが、そうしたものができる前でした。
こうして社内承継の体制ができあがったのです。
そしてまもなく古希を迎えようとされたときに社長は病魔に襲われ、逝去されました。
突然の不幸でしたが、事前の準備が万全であったことから、事業の引継、事業承継はスムーズに社内から社長が選ばれ、つつがなく経営されています。
亡くなった社長はきっと自分が想定していた交代時期より10年早かったという無念の思いがあるでしょう。
しかし、円滑に事業が引き継がれたことにはきっと満足しており、空の上から会社を見守っているものと思います。
新社長は創業者に敬意を表し、娘さんを監査役として迎えています。
しかし、経営の中枢には参加させていませんし、奥様も娘さんもそれを望まれてはいません。
創業者の思いが永遠に続くことをみんなが願って、一番よい方法だと思うものを選択されたのだと思います。
(2019年3月26日更新)
担当:田口 光春(タグチ ミツハル)