中小企業において人材不足や働き方の多様化が進み、人材の活用における新たな課題を感じている方も少なくありません。そのような環境下で、従業員の能力を最大限に引き出す働きかけとして、“人的資本経営”に向けられる関心が高まっています。
今回は、人的資本経営の考え方や必要とする理由、取り組みのポイントについて解説します。
1.人的資本経営とは?
経済産業省では、人的資本経営を、『人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方(※1)』、と定義しています。つまり、人的資本経営とは、従業員を単なるコストではなく、従業員がもつスキルや能力などを「企業価値を生み出す資本(元手)」と捉え、そのスキルや能力を最大限に引き出すことで企業全体の競争力を高め、中長期的な企業価値向上をめざす「経営手法」を意味します。
2.人的資本経営が必要とされる背景
人的資本経営が必要とされる背景には、企業を取り巻く環境の変化が大きく影響しています。従来の経営手法では対応しきれない課題を解決し、持続的な成長を実現するために、人的資本経営が不可欠とされています。
特に経営資源に限りがある中小企業にとって人的資本経営が必要とされる背景は、以下のことが考えられます。
(1)深刻化する人材不足
リクルートワークス研究所が「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる(※2)」で、2030年に約341万人の労働供給が不足すると発表している通り、日本の労働人口は減少を続けています。大企業に比べて給与や待遇面で不利になりがちな中小企業は、特に優秀な人材を獲得し、定着させることが難しくなっています。そのため、中小企業こそ人的資本経営を通じて、従業員のスキルアップやキャリア形成を支援することで、他社との差別化を図り、「働きがいのある会社」としての魅力を高め、選ばれる会社になる必要があります。
(2)多様化する働き方と価値観
従来の日本の労働者は画一的な働き方をするのが一般的でしたが、現代の労働者は給与だけでなく、自身の成長機会や活躍の場を重視する傾向が強まるなど、働き方や仕事に対する考え方が多様化しています。人的資本経営では、画一的ではなく個々の従業員の状況やニーズに合わせた働き方を提供することで、多様な人材の能力を最大限に引き出し、組織の競争力を高めることを狙いとしています。
(3)無形資産の重要性の高まり
従来のように工場や設備といった有形資産が企業の価値を大きく左右する時代から、ブランド、従業員のスキルや能力といった無形資産が、企業の成長を牽引する時代へと変化しています。人的資本経営は、この無形資産の中でも特に重要な人的資本に積極的に投資する経営手法です。
3.人的資本経営の取り組みのポイント
人的資本経営を実践する際には、自社の強みを活かした独自の取り組みを進めることが重要です。以下に、中小企業が人的資本経営を成功させるための取り組みのポイントを2つ解説します。
(1)経営戦略と人材戦略の連動
人的資本経営に取り組む際に重要なのは、自社の経営戦略と人材戦略を密接に結びつけることです。
中小企業は、限られたリソースの中で成果を出す必要があります。そのためには、経営陣が描く「経営理念・ビジョン」を従業員と共有し、その実現に不可欠な人材像を明確に定義することが不可欠です。
・経営理念・ビジョンの共有:経営理念やビジョンを一方的に伝えるのではなく、従業員との対話を通じて、なぜこの経営理念を掲げるのか、なぜこのビジョンをめざすのか、自分たちはどのような役割を担うのかを共に考え、共感を得ることが重要です。
・適切な人材確保・配置:将来の事業展開を見据え、現在自社に不足しているスキルや経験を持つ人材を特定し、その獲得や育成にリソースを投下します。例えば、DXを推進したいのであれば、デジタルスキルを持った人材の採用や、既存社員のリスキリングに注力することも必要となります。
・自社独自の施策の実行:大企業を模倣するのではなく、自社の規模や文化に合った独自の施策を打ち出します。例えば、少人数のチームでプロジェクトを回すことで、従業員一人ひとりに裁量権を与え、成長を促すといった工夫が考えられます。
(2)コミュニケーションの活性化や公正な評価制度によるエンゲージメントの向上
・経営陣と従業員の対話:定期的な面談を実施することで、経営陣が従業員の意見やキャリアの希望を聞く機会を設けます。これにより、従業員は、「自分の意見が会社に届いている」と感じ、業務が自分事となります。
・公正な評価制度:従業員の頑張りや成長を公正に評価し、昇進や報酬に反映させる仕組みを整えます。特に中小企業では、従業員一人ひとりの貢献が会社の業績や成長に直結するため、公正な評価制度により従業員のエンゲージメントを高めることがとても重要となります。
このような人的資本経営に取り組み、従業員一人ひとりスキルや能力を最大限に引き出すことで、企業の持続的な成長を実現してほしいと思います。
(※1)経済産業省「人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html
(※2)リクルートワークス研究所「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」
https://www.works-i.com/research/report/forecast2040.html