前回のコラムでは、「企業における教育の実態」「企業における教育3施策」「教育設計」「教育効果計測」について解説しました。今回は、「中小企業が採用すべき教育効果計測指標」と「構築すべき教育効果計測の仕組み」をご紹介します。
コラム目次 ※今回は5~8までを取り上げます。
1.企業における教育の実態
2.企業における教育3施策
3.教育設計について
4.教育効果計測について
5.4つの教育効果計測指標の問題点
6.中小企業が採用すべき教育効果計測指標
7.中小企業が構築すべき教育効果計測の仕組み
8.まとめ
5.4つの教育効果計測指標の問題点
前回(第62回 4.教育効果計測について)で、「教育効果計測」のための指標として「学習満足度」「学習習熟度」「行動変容度」「成果貢献度」「教育ROI」の5つをご紹介しました。
この内、中小企業で採用ができ、かつ成果に繋がる重要視すべき評価指標はどれになるのか、それぞれの指標の「問題点」を指摘しながら解説します。
①「学習満足度」による効果計測の問題点
まずは、1段階目の「学習満足度」に関する問題点です。研修受講後アンケートなどで計測する代表的な方法ですが、そもそも「成果創出や行動変容につながらない」と考えられています。
あなたも今までに参加した研修を思い出してみてください。「今日の研修、良かった」「面白かった」で終わってしまい、研修会場を出て現場に戻ると実務の忙しさに埋もれて、研修での学びを忘れてしまった経験が少なからずあると思います。
残るのは「なんだか、とても楽しい研修を受けた」「研修が現場実務の息抜きになった」という「上っ面の満足度」だけです。実は、満足度が高い研修をどれだけ沢山行っても、行動変容にはつながらないのです。
もちろん、行動変容につながらなければ成果貢献もありません。また「学習満足度」を評価指標にしてしまうと、コンサルタントや研修講師が「受講者が楽しめる研修をしよう」「研修受講後アンケートを書く直前に、感動するような場づくりをしよう」と、彼ら彼女らの「テクニック」で「満足度」を上げることが可能になります。
その結果、受講者の満足度は高いのですが、行動変容にも成果貢献にもつながらない「中身のない教育施策」の蔓延につながります。したがって「学習満足度」が評価軸では、経営者の求める効果計測はできない、という結論になります。
②「学習習熟度」による効果計測の問題点
続いて、2段階目の「学習習熟度」に関する問題点です。
研修内容をテスト形式にして、点数を付けて評価する方法が代表的ですが、こちらもほとんどの行動変容や成果創出につながらないと考えられています。
「勉強成績が優秀な高学歴社員が、必ずしも仕事でも優秀とは限らない」場合があるように、「テストの点数が良くても、仕事では全く成果を出せない」ことは起こります。
また、学習習熟度を評価指標にすると「テストで高い点数を取ること」「テストに合格すること」が目的となってしまい、会社が研修の効果として期待していた肝心の「行動変容」に意識が向かなくなってしまいます。
一見、客観的で公平公正な効果計測ができそうな「学習習熟度」での評価も、本来の研修目的から外れてしまう懸念があるため、中小企業が採用すべき指標としては適していません。
③「成果貢献度」による効果計測の問題点
本来の流れでは、次は第3段階目の「行動変容度」ですが、ここでは第4段階目の「成果貢献度」の問題点について解説します。
「成果」と一言で言っても、全従業員が売上やコストなどの「経営数字」に直結する行動がとれる訳ではありません。そのため「成果貢献度」は、研修受講の前後で「最終的に経営数字につながる手前の行動」がどう増減したのか、「KPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)」を用いて計測します。
本人評価や上司評価も可能ですが、より厳密に計測するためには二つの方法があります。
一つ目は、受講対象者群を「研修を受講する」と「研修を受講しない」の2グループに分けてKPIの変化を比較する方法です。これを「実験的計画法」と言います。
二つ目は、受講対象者群全体に研修を受けさせるのですが、途中で研修の受講を停止して、その後あらためて受講させます。
「研修受講時のKPI」「受講停止時のKPI」「受講再開時のKPI」を比較し、研修受講時のKPI変化が「増」、受講停止時のKPI変化が「減」、受講再開時のKPI変化が「増」であれば、研修が成果に貢献したと言えます。これを「単一事例実験法」と言います。
これらの「実験的計画法」と「単一事例実験法」を使って、研修評価を行えば、成果貢献度を厳密に効果計測可能です。
しかし、「いかに早く、効率的に成果を出すか」を最重視すべき中小企業において、わざわざ「研究」で用いられる「実験法」を用いて教育効果計測を行っても、損失が発生・拡大するばかりです。
よって「成果貢献度」も、教育予算に限りがある中小企業では採用すべき評価指標ではないと言えます。
④「教育ROI」による効果計測の問題点
次に5段階目の「教育ROI」です。教育投資資本に対して、どれだけの利益が生まれたのかを金額ベースで算出する方法で、経営者が「最も理想とする効果計測方法」です。
しかし、現実的に考えてみれば、「研修で得た学びを実務で使ったこと」と「利益創出」との因果関係を証明することは不可能に近いです。この因果関係を証明するためには、「実務において、研修で得た学びに基づく行動以外をしてはいけない」という厳格なルール設定と徹底が必要になります。
もし仮に、多くの時間とコストをかけて完全な行動の切り分けを行い、教育ROIを算出できたとしても、中小企業にとっては「労多くして、益なし」の本末転倒な状態に陥ります。
したがって、「教育ROI」も現実的な効果計測指標ではありません。
6.中小企業が採用すべき教育効果計測指標
前章で、「学習満足度」「学習習熟度」「成果貢献度」「教育ROI」の4つの問題点を指摘し、「中小企業が採用すべきでない」と解説してきました。
結論としては、研修などの教育施策の前後で行動が変わったか否かを計測する「行動変容度」が適していると考えます。
しかし、行動が変わったとしても、その変化が「成果につながらない行動」では意味がありません。つまり「成果につながる行動変容度」を、現実的かつ成果に繋がる評価指標として重要視すべきなのです。そのためには、「成果とは何か」という「成果定義」と、「その成果につながる行動とは何か」という「行動定義」の二つが必要になります。
例えば、「経営と現場の組織結節点」であるべき管理職が、現場の一般職と一緒になって「経営批判」をしていると、周りの従業員のモチベーション低下や、職場環境の悪化による離職を引き起こしてしまう可能性があります。そうなると、その従業員が生み出していた売上は減少、追加の採用コストも必要となり、結果として利益が減少してしまいます。
この場合、利益の減少要因となる「従業員の離職」が成果定義、「経営批判をする」ことが行動定義となり、これを「経営批判をしない」という行動に変容させる必要が生じます。
すなわち、研修などの教育施策を行った前後で「経営批判する/しない」という行動(行動定義)が変わったのか、「成果につながる行動変容度」をもって効果計測すればよいのです
7.中小企業が構築すべき教育効果計測の仕組み
「成果につながる行動変容度」を計測指標とし、その計測指標の中身として「成果と行動を定義すること」は理解いただけたと思います。最後は、どのような「仕組み」を構築すれば、成果につながる行動変容度を計測できるのか、についてです。
成果につながる行動変容度を計測するためには、研修などの教育施策の直後に「どれだけ行動変容の可能性を上げることができたのか」を計測する「受講直後評価」と、そこで得た学びを現場実務で適用して、「本当に行動変容したのか」を計測する「実務適用評価」の二つの評価が必要です。
具体的には、研修受講後に「研修受講報告書」で受講直後評価を行い、2週間~1ヵ月の「実務適用期間(研修での学びを現場実務に適用する実践期間)」を設けて、「実務適用報告書」で実務適用評価を行います。2つの報告書を「仕組み」として会社が用意することで、「成果につながる行動変容度」を計測することができます。
受講直後評価指標では「実務に関連した教育だったか否か(実務関連性)」といった評価指標で「行動変容の可能性の高さ」を評価できます。
また、実務適用評価指標では「実務適用したか否か(実務適用度)」を中核とした評価指標で「成果につながる行動変容が起きたかどうか」を評価できます。いずれも、「数字による定量評価」と「行動事実による定性評価」を組み合わせることが大切です。
8.まとめ
本コラムでは「中小企業のための教育効果計測の仕組みづくり」を全2回に渡ってご紹介してきました。「あなたの研修を受講して、確かに受講者のモチベーションは上がりました。しかし、『成果ゼロ』です。なぜなら、効果計測できないからです。」
前職で、日本を代表するトップ企業の人材・組織開発コンサルティングや研修に従事し、その知見を用いて事業会社の中で活躍しようと飛び込んだ私に対し、経営トップから下された「衝撃的な経営者評価」がこの仕組みづくりの発端です。
前職も含めて10年近く、人材・組織開発コンサルティング業界に身を置き、中小企業から日本を代表するトップ企業まで、全ての企業規模で「企業教育」の支援を行ってきた私の自信を粉々に打ち砕く言葉でした。
最初は、経営者が最も納得する効果計測指標である「教育ROI」で効果計測しようと、自分が受講した研修への投資資本と利益創出の因果関係の立証に挑戦しました。しかし、「研修を起点とした行動とそれ以外の行動をどう切り分けるのか」「研修での学びだけで、この利益が出た訳ではない」という壁にぶつかりました。
次に「成果貢献度」で効果計測しようと、KPI変化との因果関係の立証に挑戦しました。しかし、この挑戦も挫折します。本コラムで紹介した厳密な評価(実験的計画法、単一事例実験法)を用いれば可能ですが、やはり「研修を起点とした行動とそれ以外の行動をどう切り分けるのか」「研修での学びだけで、このKPI変化が起きた訳ではない」という壁にぶつかりました。
元々、学習満足度や学習習熟度での効果計測に疑念を抱いていた私は、結局「行動変容度しかない」という結論に至りました。そこから一段階進化させて「成果につながる行動変容度」という指標を「受講直後評価」と「実務適用評価」で定量的・定性的に計測するという仕組みにたどりつきました。
それからは、すぐにこの仕組みを事業会社内で構築し、管理職教育を皮切りに一般職教育にも広げて、効果計測をしながら「教育PDCA」を回しています。明らかに今までの教育評価と全く異なる優れた仕組みへと進化しました。
「計測できないものは、改善できない。計測できるものは、改善できる」という先人の言葉通り、教育も「意味ある数字」として効果計測することで、「改善できる施策」になるという自信が生まれました。
これからの時代は教育投資ができる企業とそうでない企業に大きな「差」が生まれる時代です。
本コラムを読んでくださった中小企業の経営者や教育責任者の方がこのコラムで紹介した「教育効果計測の仕組み」を構築し、社内に「企業教育イノベーション」を起こしてくださることを願っております。