【あなたの研修を受講して、確かに受講者のモチベーションは上がりました。しかし、『成果ゼロ』です。なぜなら、『効果計測できない』からです。】前職で、日本を代表するトップ企業の人材・組織開発コンサルティングや企業研修に従事し、その知見を用いて「事業会社の中で活躍しよう」と飛び込んだ筆者に対し、経営トップから「衝撃的な経営者評価」が下されました。本コラムでは、この「衝撃的な経営者評価」を発端に紆余曲折を経てたどり着いた「中小企業のための教育効果計測の仕組み」を全2回に渡って、ご紹介します。
コラム目次 ※今回は1~4までを取り上げます。
1.企業における教育の実態
2.企業における教育3施策
3.教育設計について
4.教育効果計測について
5.4つの教育効果計測指標の問題点
6.中小企業が採用すべき教育効果計測指標
7.中小企業が構築すべき教育効果計測の仕組み
8.まとめ
本コラムの本題である「教育効果計測の仕組み」の紹介に入る前に、「理解すべき3つの前提テーマ」について解説します。前提テーマを理解することで、どういった「仕組み」を構築すればよいのか、本質的な理解が可能になります。
1.企業における教育の実態
1つ目の前提テーマは「企業における教育の実態」です。
企業には、「大企業」と「中小企業」の大きく二つがありますが、大半を占めている企業は「中小企業」です。中小企業では、大企業ほど「教育投資」を行う余力がないため、後ほどご紹介するOJT中心の教育を行っている企業がほとんどだと思います。また、研修や勉強会などのOFFJTについても、自社の役員や管理職といった「社内講師による研修」がほとんどです。多くの中小企業では、人材開発コンサルタントやプロ講師などの「社外講師による研修」は全くと言ってよいほど実施されていないかと思います。
一方、大企業では毎年「教育予算」が確保されており、日本トップクラスの企業ともなると教育予算の中に「研修予算だけで年間数千万円以上」を確保している企業もあります。また、中小企業ではあまり受講する機会がない「社外講師による研修」も毎月のように開催されており、社外講師による研修に慣れてしまっている従業員も見受けられます。後ほど解説するように研修などの教育施策は「効果計測が難しい」にも関わらず、教育に多額の投資ができる大企業では羨ましいほどに「社内講師による研修」も、「社外講師による研修」も実施しているという実態があります。効果計測が難しくても研修などの教育施策に投資できる「余裕」が大企業にはあるのだと思います。
一方で、中小企業では、効果計測が難しい教育施策よりも「成果につながる実務」を優先せざるをえず、結果的に研修などに投資ができず、従業員も受講機会が少なくなってしまっています。
このままでは、大企業と中小企業の「教育格差」は拡大するばかりです。そこで、この教育格差を縮めるためにも、中小企業こそ「教育効果計測」に真剣に取り組む必要があるのです。
2.企業における教育3施策
2つ目の前提テーマは「企業における教育3施策」です。「OJT」「OFFJT」「SD」について、それぞれの特徴を解説します。
【OJT(On the Job Training)】
教育施策の1つ目は「OJT」です。「現場実務の上で行う教育や訓練」を意味します。例えば、営業という実務に同行をしながら、現場で営業ノウハウを伝達し、教育指導するケース等が当てはまります。現場の“実務上”で行う教育施策のため、「現場実務の数字成果」で効果計測できることが最大の利点です。そのため、大企業だけでなく、零細・中小企業を含め全ての企業で「企業教育の基本」として行われている教育施策です。ただし、現場実務に沿って行うため「断片的な習得」にならざるをえず、「体系的な習得」ができないといった欠点があります。また、どの上司や先輩の下に付くか、といった教育する側のレベルによって「教育者の差」が生じてしまい、それがそのまま教育効果の「差」になりかねないという欠点もあります。
【OFFJT(Off the Job Training)】
2つ目は「OFFJT(Off the Job Training)」です。「現場実務の外で行う教育や訓練」を意味します。現場実務と離れた研修センターなどで行う集合研修が代表例です。現場実務の「外で」行うため、「現場実務の数字成果」で効果計測ができず、後ほどご紹介するように「どのような方法で、効果計測をするのか」という問題が生じます。一定の講師スキルを持った講師が複数人に対して同時に教育を行うため、「教育者の差」が生じにくく、「体系的な習得」ができるという利点があります。ただし、現場実務と切り離した場の設定にかかる手間や受講のための拘束時間等が発生するため、OJTと比べると「教育コストが高くなる」という欠点があります。
【SD(Self Development)】
最後の3つ目は「SD(Self Development)」です。「自己啓発」を意味します。会社負担で契約している通信講座やe-ラーニングサービスなどを従業員が自発的に活用する、といったケースが代表例です。会社の強制ではなく、「本人の主体性」が前提のため、高いモチベーションによる学習効果が見込めます。また、集合研修ほどの教育コストがかからないことも利点です。ただし、強制力が低く、会社がコストを負担して自己啓発できる環境を用意しても全く使われず、自然消滅してしまうケースも多いです。
上記3つの教育施策について、それぞれの違いを理解いただけたかと思います。このうち、体系的な習得が可能かつ一定の教育効果が見込めるにも関わらず、その「効果計測」が課題にあがる施策は、教育コストの高い「OFFJT」となります。
3.教育設計について
3つ目の前提テーマは「教育設計」です。教育設計は、別名「インストラクショナル・デザイン」といい、中でも最も有名な考え方が「ADDIEモデル」です。ADDIEモデルとは、教育施策の設計を効果的に行うためのフレームワークで、分析(Analysis)、設計(Design)、開発(Development)、実施(Implementation)、評価(Evaluation)の頭文字をとって「ADDIEモデル」と呼びます。本コラムでは、このADDIEモデルをベースに「教育設計した施策の効果計測を行う」という方法をお伝えします。
例として、「管理職研修を設計する」というケースをADDIEモデルに当てはめて解説します。まずは自社の管理職の「分析」です。分析の結果、管理職が現場に入ってプレイヤーになってしまっている状況が判明し、「脱プレイヤー化」が課題だという結論に至りました。そこで、この「脱プレイヤー化」のための教育施策を「設計」し、施策としてマネージャーとしての視点を養う研修プログラムを「開発」しました。そしてその研修プログラムを管理職に向けて「実施」した後に、その効果について“何らかの方法で”「評価」して振り返る…。
この「分析」から「評価」までの一連のプロセスを意識した教育設計を行うことで、効果的な教育施策を実践することができます。
また、従業員がどういったキャリアを歩みたいのか、どういったスキルアップがしたいのかをまとめた「キャリアカルテ」から成長課題を抽出し教育設計に取り入れることで、より効果の高い「キャリア開発」の実現も可能になります。
ただし、どちらの場合も「教育効果」についての計測は難しく、教育設計をする上でのネックとなります。
4.教育効果計測について
では、いよいよ本コラムの本題である「教育効果計測」の解説に入っていきます。前章でご紹介した「ADDIEモデル」に紐づけると「E(評価)をするための考え方や方法論」という位置づけになります。教育評価をするための考え方としても最も有名なものは「カーク・パトリックの4段階評価法」というものです。教育施策を4段階の指標で効果計測します。
第1段階目の指標が「学習満足度」です。研修などの教育施策を通じた学習に「満足したか否か」を計測する評価指標です。具体的には、研修受講後アンケートに「この研修の満足度を教えてください⇒大変満足した、満足した、普通だった、不満だった、非常に不満だった」といった質問を設定することで計測が可能です。学習満足度は、多くの企業で導入されている「最低限の効果計測方法」だと言えます。
第2段階目の指標が「学習習熟度」です。研修などの教育施策を通じた学習を「どの程度記憶したか、理解したか」を計測する評価指標です。具体的には、研修内容をテストして習熟度を計測します。テストの点数をもって定量的に計測することが可能なため、「一定以上の点数を獲得できた場合には評価する」など、企業でも導入されているケースもあります。
第3段階目の指標が「行動変容度」です。研修などの教育施策で学習した「取るべき行動が取れるようになったか否か」を計測する評価指標です。具体的には、研修前の行動と研修後の行動を比較して、「取るべき行動」が取れたか否かを本人が評価する「本人評価」、もしくは、上司が評価する「上司評価」といったケースが代表的です。研修受講者本人や上司へのインタビューやアンケートを用いて効果を計測します。
第4段階目の指標が「成果貢献度」です。研修などの教育施策で学習した「取るべき行動」を実践した結果、「KPIの増減などの成果につながったか否か」「貢献したか否か」を計測する評価指標です。具体的には、研修で「KPIにつながる取るべき行動」を伝え、研修受講前と受講後のKPIデータを比較し、効果計測していきます。
これらの4段階に加えて、さらに1段階追加した考え方が「ジャック・フィリップスの5段階評価法」です。学習満足度、学習習熟度、行動変容度、成果貢献度の更に上位の評価指標として「教育ROI」を加えたものです。「教育に対する投下資本(教育投下資本)」に対して、どれだけの「利益」が生まれたのかを金額ベースで算出し、「投資対効果(ROI)」を出します。「経営者が最も理想とする評価指標」と言えると思います。
コラム第1回の最後に、教育設計と教育効果計測の手法を「一体化」してまとめた資料をご紹介します。こちらの資料をご確認いただき、「体系的に頭を整理」した上で、第2回にお進みください。