人口減少に伴う人手不足、高度IT社会、目まぐるしく変わる事業環境を乗り切るには、人の創造力と挑戦意欲と行動力が必要です。「そんな素晴らしい気質を持つ人材はなかなか採用できない」と諦めるのはもったいない!「心理的資本」の考え方では、熱意や意欲は「気質」ではなく「スキル」です。本コラムでは「心理的資本」の概念から、熱意や意欲といったスキルを高める考え方や手法について、全2回に分けてご紹介します。
1.業績に影響する「人の資本」とは?
業績に影響する人の資本は何か、ということが経営学の分野で研究されてきました。その資本とは、①人的資本(Human Capital)、②社会関係資本(Social Capital)、③心理的資本(Psychological Capital)といわれています。①人的資本とは知識やスキルや資格、ノウハウなどの経験を意味します。②社会関係資本とは、社内外の人的ネットワークをいいます。どれだけの人と情報を交換できる関係性を持っているかが、成果を生み出す重要な要素であることは大いに理解できます。
その上で今回、特にご紹介したいのは③心理的資本です。心理的資本とは、自律的に目標達成を促す心のエンジン、やりとげる自信ともいえる概念です。いくら素晴らしい知識やネットワークを持っていても、それらを活かし、問題を乗り越えてやり遂げようとする自信に基づく行動がなければ宝の持ち腐れになってしまいます。また、心理的資本は気質のように変えられないものではなく、外部からの働きかけによる開発が可能です。またモチベーションのように不安定な感情とは異なり計測ができることから適切な介入で心理的資本を豊かにすることができるのです。(図1)
(図1)
(出典:「心理的資本をマネジメントに活かす」中央経済社 開本浩矢・橋本豊輝 著)
心理的資本が豊かになると、業績に10%から25%影響するというエビデンスもあります。また心理的資本を高めることは本人の幸福やイキイキにも良い影響をもたらします。
従業員の「態度・行動」と心理的資本に関する研究では、心理的資本は、正の相関では望ましい態度(満足、コミットメント、幸福感)、望ましい行動(主体的な役割外の働き・協働、個人の生産性・業績)となり、負の相関では望ましくない態度(変化に対する皮肉・冷笑、ストレス・不安、離職の意向)、望ましくない行動(コンプライアンス違反、ルール違反、問題行動などネガティブな逸脱行動)に関連するという研究結果が出ています。(図2)
当社の調査でも、心理的資本が急激に下がった複数人がこぞって離職したケースがありました。また業務に対する意欲の低下やストレスを感じている人は心理的資本が低下傾向にありました。このように職場でなんらかの問題があると見られるケースは心理的資本の低下との関連が見られます。
(図2)
(出典:『こころの資本-心理的資本とその展開-』著者:フレッド・ルーサンス他 中央経済社P140-142 Aveyら(2011)よりBe&Do作成
監修:開本浩矢氏 大阪大学大学院経済学研究科教授。兵庫県立大学名誉教授)
2.心理的資本の構成要素「内なるHERO」とは
心理的資本の構成要素は、Hope(ホープ:意志と経路の力)、Efficacy(エフィカシー:自信と信頼の力)、Resilience(レジリエンス:乗り越える力)、Optimism(オプティミズム:柔軟な楽観力)の4つであり、その頭文字を取ってHEROと呼ばれています。HEROは誰しもが持っているものです。心理的資本の開発とは、まさしくこの内なるHEROを高めることなのです。
(図3)
(出典:「心理的資本をマネジメントに活かす」中央経済社 開本浩矢・橋本豊輝 著)
Hope(ホープ)が意味するものはWill Power、Way Powerとも言い、「ありたい姿、めざすべきもの(Will)」と「その目標達成へ向かう複数の道筋(Way)」を柔軟に描く力や、目標に向かう熱意を意味します。
次のEfficacy(エフィカシー)は、4つの構成要素の中で、もっとも中心的な概念です。確固たる自己への信頼、自信を意味します。一歩前に進むには自信が必要です。自分に自信がないと不安になり、消極的にもなってしまいます。また否定的になる、疑心暗鬼が生じるといった状況に陥ることもあります。
Resilience(レジリエンス)は超回復ともいい、ただネガディブな状態から脱するだけでなく、そこでの経験を大いなる成長に結びつける力を意味しています。なにごともすべてが順調に進むことはありません。心理的資本のレジリエンスは、特に落ち込むような出来事に出会った時に、その状態を脱し、経験を糧に成長していくことをスキルとして身に着けることを意味します。
最後のOptimism(オプティミズム)は単なる楽観的とは異なり、起こった出来事をポジティブに捉えなおし、次の行動に向かう力です。落ち込んだり、嫌な出来事に陥っても、不安を払拭し、次を見据えての機会を探索していくことができるスキルです。
そしてこの4つの構成要素は上記(図3)の通り、互いに影響しあっています。
心理的資本(HERO)は気質ではなく、スキルです。従って、誰にでも内在しているし、測ることも開発することもできるのです。
3.心理的資本が豊かな中核人材とは
(H)ありたい姿やめざす目標があり、それに向けた達成までの道のりや計画を柔軟に描くことができ、ゴールの到達に情熱を持っている。
(E)自己肯定感とともに揺るがない自信を持ち、自身も様々な人に適切なフィードバックを行いながらメンバーと協調していくことができる。
(R)過去の経験や落ち込みなどを今の資産として捉えて、その資産を活かしながら挑戦をし続ける。
(O)たとえうまく行っていないことであっても、自らの気持ちを切り替え、常に前を向いておおらかに進んでいく。
このような人がリーダーであれば、多くの人から魅力的に映ることでしょう。
反対に、心理的資本が弱い人がリーダーになると、メンバーを巻き込むことが極めて難しくなります。心理的資本が弱い人とは、自分に確固たる自信がない人とも言えます。自分に自信がないと、あるタイプの人は、利己的、独善的で自分に対する反論を高圧的に否定する行動にでる、また別のタイプでは、決断ができずに日和ってしまうことがあります。
職場では、リーダーの心理的資本の状態は周囲に極めて大きい影響を与えます。また心理的資本の状態は、良くも悪くも職場内で伝播します。熱意ある社員を育成するには、中核となる人材の育成からはじめましょう。
(図4)
(出典:「心理的資本をマネジメントに活かす」中央経済社 開本浩矢・橋本豊輝 著)
ではどうやって、開発をしていくのでしょうか。それにはHEROを高める介入(ガイディング)が効果的です。次回はガイディングについて、マネジメントへの取り組み方も含めてお伝えします。