新型コロナウイルス感染症の影響により、納期遅延や債務の履行が困難になるケースが散見されます。
その場合に留意すべきことが、相手への損害賠償責任や影響が中長期化する中での契約上における今後の対応です。
今回は、コロナ禍に把握しておきたい損害賠償責任の考え方と、今後の契約上で押さえておきたいポイントを解説します。
損害賠償責任の考え方
新型コロナウイルス感染症の影響で、契約で定めた納期や契約内容での納品ができない場合に相手方に発生した損害を賠償する責任を負うのでしょうか。
2020年4月1日に民法改正が施行されました。
改正民法は、同日以降に締結された契約書に適用され、2020年3月31日までに締結された契約には改正前の民法が適用されます。
改正前の民法415条では、
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」
と規定されていますが、解釈上、債務者に故意または過失(「帰責事由」と呼んでいます。)がない場合には、損害賠償責任を負わないルールを定めているとされています。
改正民法の損害賠償に関する規定は、
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」
と規定されています。
帰責事由の判断については、債務の発生原因及び取引上の社会通念によるなどの文言変更があります。
しかし同規定は、改正前の民法415条に関する確立した判例を具現化したものとされていますので、債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして帰責事由がない場合に損害賠償責任を負わない、と判断されることになることになります。
そのため、損害賠償請求に関しては、損害発生について債務者の帰責事由があったのかどうかにより判断されることになります。
また契約書では、例えば、洪水、台風、地震などの天災、火災、伝染病、戦争など、相当の注意をしても防止できない外部事情を不可抗力として免責するという不可抗力免責条項も規定されることが一般的です。
この不可抗力免責条項に該当する場合には、債務者の帰責事由はなく免責されると考えられるため、損害賠償義務を負うことがなくなります。
従って、契約内容どおりの債務が履行できない場合であっても、新型コロナウイルス感染症拡大の影響による事由が不可抗力の事由に該当する場合には、免責されるということも考えられます。
不可抗力による免責、帰責事由があるかどうかの判断基準
では、不可抗力により免責となるかどうか、帰責事由がないといえる場合はどのような場合でしょうか。
これまで大規模な地震などの影響により、義務を履行できなかった場合の損害賠償に関する裁判例があり、これを参考にして考えてみることにします。
(1)東海豪雨に遭って浸水被害を受け、修理を請け負っていた営業所外に駐車していた自動車を水没させてしまったため、自動車修理業者が損害賠償請求をされた事案(名古屋地方判平成15.1.22)
未曾有の豪雨であったことに照らして、早期に降雨の水位を把握し、浸水被害ないし水没の予見可能性があったとはいえないことを理由に、自動車修理業者の自動車の保管ないし引き渡し債務の不履行の責任はなかったとしています。
(2)阪神淡路大震災により倉庫内の化学薬品が荷崩れを起こして漏出し、他の貨物から流出した水分と化合して発火した火災により、貨物が消失したケースでの損害賠償責任について判断した事案(東京地判平成11.6.22)
こちらも倉庫会社にとって、同大震災規模の地震の発生を予見可能性がなく、過失は認められないとして、倉庫会社の責任を否定しています。
(3)東日本大震災により液状化被害を受けたとして、分譲住宅の買主が分譲会社に対して、地盤改良工事の義務違反があるとして損害賠償等を求めた事案(東京地判平成26.10.8)
当時の技術的な知見において、同震災規模の地震発生、液状化被害の発生を予測するのは困難であるとして、分譲会社の地盤改良工事実施義務違反及びその責任を認めませんでした。
一方で、同じ東日本大震災の影響に関しては、次のような裁判例があります。
(4)被告が原告に対し、原告は本件請負契約に基づく工期までに建築工事を完成し建物を引き渡すことができなかったとして、債務不履行に基づく損害賠償の反訴を求めた事案(東京地判平成28.4.7)
請負業者は当初予定されていたタイル業者以外の業者を選定するなどして工事を進めることができたのに、これを怠ったとして、本件工事の一部は原告の責めに帰すべき事由により、遅延したことが認められるとしています。
(なお、被告主張の損害が認められないとして、反訴の損害賠償請求自体は棄却する一方、原告には工期の延長を求めることができる正当な理由があるにもかかわらず、被告が合理的な理由もなくこれを拒絶したなどとして、原告の工期短縮に係る損害を認定し、本訴請求を一部認容しています。)
以上の裁判例から、地震・洪水・台風などの天災地変の例において、不可抗力として責任を否定するかどうかは、個別事情により、当該事由があらかじめ予見することができたかどうかという枠組みで判断されていますが、債務不履行を避けるために、債務者として一定の措置を講じることができたかという点も加味して帰責事由があったかが判断されているといえます。
新型コロナウイルス感染症の拡大は、感染症が世界的に拡大した未曽有の事態で影響が大きく、契約当初に予見して対策をすることは難しいという事情があると思われますが、そのような事情があるからといって一律に不可抗力による免責が認められるものではありません。
契約当事者の業種や契約類型ごとに、事前に予見して対策をしておくべきであったかどうかが、判断を分けるポイントとなります。
また、通常の取引先以外の納入など代替手段を講じるなど、納期の遅れを取り戻すための努力をしていたかどうかなどの個別事情によって、判断が変わってくる可能性があるので、この辺りの事情を主張、立証していくことが必要になるでしょう。
新型コロナウイルス感染症の影響を想定した契約条項
新型コロナウイルス感染症の影響は中長期となることが懸念されます。
原材料や部品等を輸入製品に頼っていた場合、納入できなくなるなどの影響は今後も続くことが予想されます。
しかしながら、裁判で不可抗力免責が争われる場合、新型コロナウイルス感染症の影響を一律に判断するものでないため、これにあたるかどうか判断が分かれる可能性があります。
そのため、新型コロナウイルス感染症の影響により部品などが長期的に納入できない状況について、不可抗力にあたることの確認条項を置いておかれるとよいでしょう。
□当該部品に関連する商品について、納期の定めがない契約とし、納期を超えても遅延損害金が発生しないことの確認条項
□部品を入手できた場合の納期の確定条項(例えば、「部品確保後〇か月以内とする。」又は「予定納期計画を作成して通知し協議決定する。」などの条項)
□当該部品に関連する商品及びそれ以外の代金の支払いに関する条項
□解除できる場合や解除の場合の条件
など、取引への影響に応じて具体的に定めておかれるとよいでしょう。