ビジネスインキュベーションプログラム|大阪の中小企業支援機関。 大阪産業創造館(サンソウカン)

中小企業の経営者・起業家の皆様を支援する機関。大阪産業創造館(サンソウカン)

CXとは「Customer Experience」の略称で、つまり「顧客体験」のことです。「どのような顧客体験を実現するのか」というのは、新規事業を考えるときの基点となります。どんな商品・サービスも、それ自体に価値が包含されているのではなく、顧客が体験したときに初めて価値として認識されるためです。
では顧客体験はどのように描けばいいのでしょう。単に顧客にとって良い体験とは何かをいきなり妄想して描くことは難しいです。仮に描けたとしても、それが事業として有効なのか、戦略に合致しているのかは分かりません。つまり顧客体験をDesignするとは、顧客体験を核とした事業システムをDesignすることに他なりません。
当連載ではCX Designをテーマとし、その要素をひとつずつ取り上げ、新規事業開発においてそれらをどのように考えていくべきかを解説していきます。

第1回顧客体験のデザイン

CXとは何か

本連載タイトルにあるCXとは「Customer Experience」、つまり「顧客体験」のことです。
ここで一例を挙げます。

  • ヨガを始めようと思い立ち、オンラインでヨガウェアを探して自分のスタイルに合ったものを見つけた。
  • オンラインで自宅に届けてもらえるようだが、明日行くエリアの店舗にもあるようなのでBOPIS(※Buy Online Pickup In Storeの頭文字を取った略称で、ECサイトで購入した商品をリアル店舗で受け取るショッピングスタイルのこと)で注文し、店舗で受け取ることにした。店舗ではEducatorと呼ばれる店舗スタッフが応対してくれ、初心者だと話すと色々とアドバイスをくれた。ひとりで始めるのは不安だったのだが、店舗内のスタジオでもヨガクラスが行われていると聞き早速申し込んで、後日参加してみることにした。
  • クラスでは指導してくれたトレーナーだけでなく、他の参加者たちもとてもフレンドリーで楽しく汗をかくことができた。
  • スマートデバイスを通じたストリーミングでもクラスを受けられるので、会員プログラムにも入会し、自宅勤務の日も欠かさずヨガを続けている。
  • あれから数ヶ月が経ったが、いまではヨガが日常生活の習慣になり、以前より健康的でハッピーなライフスタイルを実現することができていると感じている。

ヨガを始めようとしている人なら、こんな体験があったら素晴らしいと思うに違いありません。これがヨガウェアのブランド、ルルレモンが主要市場である米国において提供している「顧客体験」です。ルルレモン・アスレティカは1998年にカナダで誕生し、いまや世界18カ国で600店舗以上を展開する企業です。業績は非常に好調で、同社の発表によると2022年1月通期決算は売上高が前期比42.1%増の62億5,661万ドル(約7,633億円)と、コロナ禍前の2019年度と比べても1.6倍に到達しています。営業利益は同比で62.6%増の13億3,335万ドル(約1,626億円)、純利益が同65.6%増の9億7,532万ドル(約118億円)となっており、大幅な増収増益を果たしています。さらにインフレや景気後退の影響が見られる2022年も成長を続け、市場予想を上回る業績を記録しています。
その成長を導いたひとつが、彼らの戦略にも明記されている「Omni-Guest Experience」です。Omniとは「実店舗やオンラインなどあらゆるチャネルを通じて」を意味し、彼らは顧客のことをGuestと呼ぶのでGuest Experienceとは、すなわち「Customer Experience(顧客体験)」を指します。つまりルルレモン・アスレティカは優れたCXを実現することを戦略に掲げ、急激な成長を遂げている代表的な企業のひとつであると言えます。

CX Designを定義する

ルルレモンの事例からCX Designの定義を考えてみましょう。
まず「CX」が指す範囲から考えてみます。それが「ヨガウエアを買う」までだったとしたら、それは「購買体験」に過ぎません。しかし上記の例示から考えると、顧客にとっての素晴らしい体験とは「以前より健康的でハッピーなライフスタイルを実現できた」ところまでを含んでおり、むしろヨガウエアを購入した後にこそ大きな価値があります。つまり優れた顧客体験を描こうと思えば、顧客基点に立ち、その検討・購入から使用時間までを含んだ「体験の総体」を包含する必要があるということです。  次に「Design」が指す範囲です。上記の例示から分かるのは、この体験を実現するためには顧客を識別するIDや顧客行動データが重要となりますし、顧客にどうなって欲しいのかを理解し行動する店舗スタッフも不可欠です。優れたCXを成り立たせるためには単にCXを描くだけでなく、それを実現する事業総体でのシステムを用意しなければなりません。つまり「顧客体験をDesignする」とは、「顧客体験を核とした事業システムをDesignする」ということです。

以上から、「CX Design」の定義を以下の通り記します。

【CX Designとは】

  1. 顧客の選択・購入・使用時間までに至る優れた体験に向け
  2. それを実現するために必要な事業システムの総体をデザインすること

顧客体験から事業変革を導く

新たな事業を開発する際は、このCXから考えることが重要です。どんなに優れた商品サービスを単体として考えても、どんなにデジタル基盤に投資しても、その結果として実現する顧客体験が優れていなければ、その事業が競争力を持って顧客に選ばれることはありません。
そこで本連載ではCX Designをテーマとし、その要素をひとつずつ取り上げ、新規事業開発においてそれらをどのように考えていくべきかを解説していきます。

講師プロフィール
岩井琢磨(いわい・たくま)氏

1993年博報堂DYグループに入社。インストア・プランナー、クリエイティブ・ディレクター、ブランドコンサルタントとしての企業再生プロジェクト参画を経て、2012年にコーポレート・コミュニケーション・センターのセンター長に就く。Chief Project Managerとして、製造業・流通サービス業界を中心とした部署横断型の事業変革プロジェクト、企業ブランド構築プロジェクトの設計・推進を数多く手がける。
2018年9月株式会社顧客時間を設立。共同CEO代表取締役に就任。Head of Managementとして、顧客時間に参画する多様なスペシャリストと共に、数多くの業界・企業におけるDXプロジェクト・事業開発プロジェクトのサポートを行っている。
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。日本マーケティング学会理事。

著書に『マーケティングの新しい基本』(共著、日経BP社)、『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)、『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(共著、千倉書房)、『物語戦略』(共著、日経BP社)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(共著、日本経済新聞出版社)、『イノベーションの競争戦略』(共著、東洋経済新報社)、『職人軍団、教科書なきイノベーション戦記』(企画、日経BP社)がある。