新規事業創出支援プロジェクト|大阪の中小企業支援機関。 大阪産業創造館(サンソウカン)

中小企業の経営者・起業家の皆様を支援する機関。大阪産業創造館(サンソウカン)

CXとは「Customer Experience」の略称で、つまり「顧客体験」のことです。「どのような顧客体験を実現するのか」というのは、新規事業を考えるときの基点となります。どんな商品・サービスも、それ自体に価値が包含されているのではなく、顧客が体験したときに初めて価値として認識されるためです。
では顧客体験はどのように描けばいいのでしょう。単に顧客にとって良い体験とは何かをいきなり妄想して描くことは難しいです。仮に描けたとしても、それが事業として有効なのか、戦略に合致しているのかは分かりません。つまり顧客体験をDesignするとは、顧客体験を核とした事業システムをDesignすることに他なりません。
当連載ではCX Designをテーマとし、その要素をひとつずつ取り上げ、新規事業開発においてそれらをどのように考えていくべきかを解説していきます。

第9回事業評価 Business KPI

デジタル時代の事業評価

第9回のテーマは事業評価です。
ここまでお伝えしてきたのは、一貫して顧客基点で経営に関する要件を定めていくことでした。事業目的から顧客価値の設定、事業目標から顧客戦略の設計、さらにそれらから実現したい顧客体験(CX)を描き、ここを通した顧客提案を設計する思考法を説明してきました。事業評価もまた同じです。
顧客基点での事業評価は、売上軸だけでなく顧客軸でも成果を確認し、評価を行うことになります。そうでなければ、その評価を戦略と実行の改善につなげることができないからです。

さらに具体的に言うと、事業評価において結果である売上と、その結果をもたらしたプロセスを顧客の動きによって把握するということです。当然ながら会計的な観点から結果指標である売上は捉えられますが、顧客行動の変化を捉えようとすればそれらを数値化できる体制が必要です。デジタルの時代において顧客データを把握できるようになったということは、「顧客行動を売上数値との関連で読み解けるようになった」ということに他なりません。しかも年度ごとではなく、施策ごとに売上と顧客の変化を紐づけて分析することができます。これによって次の戦略や打ち手をどうするかというPDCAは高速化します。データに基づく事業評価の本質は、正にこの改善スピードの高速化にあります。

4つの評価

しかし施策ごとに成果を迅速に把握し、次の提案へとクイックに活かせるからといって、それだけを見ていては近視眼的な観点に陥り、組織行動の軸を失いかねません。「施策は打ったが、狙った顧客の変容が起きなかった、あるいは顧客買上が伸びなかった。」それは施策の巧拙だけでなく、ひょっとしたらそもそも見据えていた顧客を間違えていたのかもしれません。つまり施策をクイックに見直す短期的な視点と、ある一定の期間の顧客の動きを見る中期的な視点の双方を備えておく必要があります。

これを図示したのが、以下の「事業評価のマトリクス」です。
横軸は事業評価が対象とする時期が、中期的か短期的かです。これまで説明してきた経営システムの要素で言えば、顧客戦略が中期的あるいは継続的な観点に立って設計されたものであり、顧客提案が短期的あるいは可変的な観点に立って設計されたものです。これらの予め設計した要素に対する評価を行うことが必要です。
縦軸は事業評価を行う指標が、売上軸か顧客軸かです。これまでの説明を繰り返すことになりますが、売上軸は結果であり、顧客軸はその結果をもたらしたプロセスとしての顧客の動きを測るものになります。

事業評価①は「中期的 × 顧客目標」です。
すなわち顧客戦略でめざすと決めた「顧客基盤が築けたか」を数値で把握して評価することです。例えば期初に目標として定めた顧客基盤(年間の顧客人数 × 顧客買上額)に対して、期末の顧客基盤はどのような結果になったのかを把握します。

事業評価②は「中期的 × 売上目標」です。
すなわち顧客戦略でめざすと決めた「売上数値は達成できたか」を数値で把握して評価することです。例えば期初に目標として定めた売上数値に対して、期末の売上数値はどのような結果になったのかを把握します。

事業評価③は「短期的 × 顧客目標」です。
すなわち顧客提案における個々の施策が狙った「顧客変容は起きたか」を数値で把握して評価することです。例えば施策立案時に対象として定めた顧客とその行動変容は、その施策によって実現できたのかを把握します。

事業評価④は「短期的 × 売上目標です。
すなわち顧客提案における個々の施策が狙った「顧客買上は伸ばせたか」を数値で把握して評価することです。例えば施策立案時に対象として定めた顧客とその買上伸長は、その施策によって実現できたのかを把握します。

マトリクスの理解

4つの象限で共通しているのは、すべて「数値で把握する」ことです。またこれらの4つの象限は「顧客基点の思考において相互に関連している」という理解を強く持つことが重要です。
このマトリクスを縦に見れば「顧客戦略とは、顧客基盤を築くことによって、売上数値を達成する」こととなります。また「顧客提案とは、顧客変容を起こすことによって、顧客買上を伸ばす」ことであると理解できます。
あるいはマトリクスを横に見れば「顧客目標とは、どの程度の顧客変容を起こすことによって、どの程度の顧客基盤をめざすのか」を定めることとなります。また「売上目標とは顧客買上を伸ばすことによって、どの程度の売上数値をめざすのか」を定めることであると理解できます。

顧客データを活用した分析は、さまざまな示唆をもたらしてくれます。売上結果と顧客行動という結果とプロセスの関係、中期と短期という時間軸における推移を見ることは、経営の状況を立体的に描き出し、次の打ち手への判断を後押しするものです。しかしだからこそ、「あれも見たいこれも見たい」と目的なき分析を繰り返す「分析沼」に陥ることもありえます。

顧客戦略の2象限から導くべきは戦略の見直しであり、顧客提案の2象限から導くべきは施策の見直しです。経営レイヤーと現場レイヤーがそれぞれの役割を果たしながら連携できることが、統合された顧客データに基づく事業評価の最大の利点です。その実現のためにも、いまどの象限の評価を行おうとしているのかという目的の理解を、組織内で持つことが必要でしょう。このマトリクスがそのすべてを表せている訳ではありませんが、このような目的設定を行う視座を持ち、これらに紐付くKPIを設定していくことが取り組みの要諦になるでしょう。

講師プロフィール
岩井琢磨(いわい・たくま)氏

1993年博報堂DYグループに入社。インストア・プランナー、クリエイティブ・ディレクター、ブランドコンサルタントとしての企業再生プロジェクト参画を経て、2012年にコーポレート・コミュニケーション・センターのセンター長に就く。Chief Project Managerとして、製造業・流通サービス業界を中心とした部署横断型の事業変革プロジェクト、企業ブランド構築プロジェクトの設計・推進を数多く手がける。
2018年9月株式会社顧客時間を設立。共同CEO代表取締役に就任。Head of Managementとして、顧客時間に参画する多様なスペシャリストと共に、数多くの業界・企業におけるDXプロジェクト・事業開発プロジェクトのサポートを行っている。
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。日本マーケティング学会理事。

著書に『マーケティングの新しい基本』(共著、日経BP社)、『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)、『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(共著、千倉書房)、『物語戦略』(共著、日経BP社)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(共著、日本経済新聞出版社)、『イノベーションの競争戦略』(共著、東洋経済新報社)、『職人軍団、教科書なきイノベーション戦記』(企画、日経BP社)がある。