新規事業創出支援プロジェクト|大阪の中小企業支援機関。 大阪産業創造館(サンソウカン)

中小企業の経営者・起業家の皆様を支援する機関。大阪産業創造館(サンソウカン)

CXとは「Customer Experience」の略称で、つまり「顧客体験」のことです。「どのような顧客体験を実現するのか」というのは、新規事業を考えるときの基点となります。どんな商品・サービスも、それ自体に価値が包含されているのではなく、顧客が体験したときに初めて価値として認識されるためです。
では顧客体験はどのように描けばいいのでしょう。単に顧客にとって良い体験とは何かをいきなり妄想して描くことは難しいです。仮に描けたとしても、それが事業として有効なのか、戦略に合致しているのかは分かりません。つまり顧客体験をDesignするとは、顧客体験を核とした事業システムをDesignすることに他なりません。
当連載ではCX Designをテーマとし、その要素をひとつずつ取り上げ、新規事業開発においてそれらをどのように考えていくべきかを解説していきます。

第6回顧客接点 Customer Channel

オムニチャネルの登場

1990年代の後半から始まったインターネットの普及から、いわゆる「デジタル革命」が始まりました。社会全体での通信インフラとデバイスが進化し、企業の現場にも多くのデジタル技術が活かされるようになりました。もっとも分かりやすいのは電子商取引、つまりECの台頭です。企業が持ち得るチャネルは、これまでのオフライン店舗だけでなく、オンライン店舗が大きな存在感を持つようになりました。

このようなオンラインとオフラインの双方で顧客がシームレスに買い物ができるチャネル形態のことを「オムニチャネル」といいます。オムニとは「すべて、あまねく」という意味です。オムニチャネルを経営戦略として宣言したのは、米国大手百貨店のメイシーズが最初であると言われています。2011年のことです。顧客が商品をオンライン店舗で見てもオフライン店舗で見ても、一元的に管理された同じ在庫情報を確認できるようになりました。商品の在庫情報を一元管理することはもちろん、店舗側のスタッフもモバイル機器などを使って店頭で在庫を確認するような体制が取られました。店舗にない商品でもネット在庫があれば、その場で顧客の自宅に配送することができるという訳です。

つまりオムニチャネルの「主体は企業」にあり、「オンラインとオフラインのチャネルは明確に分かれている」という前提で、その双方で「在庫を一元管理する仕組み」が要諦になっています。

Online Merges with Offline

その後、時代は進み、オンラインとオフラインについての新しい概念が登場します。それが「Online Merges with Offline」です(頭文字をとって「OMO」と表記されます)。OMOは2017年頃に元Google ChinaのCEO でありAI専門家・投資家であるKai-Fu Lee氏が提唱したといわれています。元々はチャネルの形態と言うよりは、オンラインとオフラインが融合した社会の姿を表現したものです。

このOMO化した世界での行動を、現在の我々に当てはめて考えてみましょう。現在我々の多くがモバイルを常に手元に持ち、それを持ったままオフラインの店舗に行きます。店頭でオンラインストアを見て価格を比較したり、時にアプリを立ち上げて店頭の商品をスキャンしてオンラインのカートに入れたり、レジではアプリから会員証を出してポイントを貯めたり決済をしたりといった行動を取っています。あるいは自宅でAlexaなどに口頭で商品を注文し、オンラインで決済して自宅に届けてもらうこともあるでしょう。このような行動では、モバイルがオンラインとオフラインの双方をつなぐ役割を果たし、顧客はオンとオフを行き来しながら買い物をしています。このような行動は、もはやオンラインでもオフラインでもない。まさに双方が「融合した状態」と言えます。

つまりOMOという概念は「モバイルの普及」を背景として提唱されています。Kai-Fu Lee氏もOMOの発生条件として、モバイルネットワークの普及と決済浸透率を前提とし、さらに幅広いセンサーの普及やサプライチェーンなどにおけるロボットやAIによる自動化を挙げています(※1)。そこで描かれているのは、「顧客の手元にはモバイルがあり、そこを接点として企業が個客を認識し、自動化されたサプライチェーンによって商品サービスが届けられる」世界です。つまりOMOにおいては「主体は顧客」にあり、「オンラインとオフラインのチャネルは融合している」という前提で、その基盤として「顧客を基点に情報・モノの流れが統合されている」ことが要諦になります。

顧客体験はどう変わるか

このような変化を受け、マーケティングにおけるチャネルの考え方も進化しています。従来のマーケティングミックスの概念においては、チャネルは4Pにおける「Place(流通経路)」(※2)に分類されていました。しかしKai-Fu Lee氏がOMOを提唱した同じ2017年、マーケティングの神様と呼ばれるPhillip Kotler教授もスマホ普及を前提とした、新しいマーケティングミックスの概念を発表しています。

E. J. マッカーシー「ベーシックマーケティング」東京教学社, 1978、
P. コトラー他「コトラーのマーケティング4.0」朝日新聞出版, 2017より筆者作成

ここでは、Placeに変わるものとして「Communal activation(共同活性化)」が示されています。企業は顧客と常時直接つながることによって、需要と生産・流通の相互を活性化する「Communal activation(共同活性化)」の関係性を築かねばならないという考え方です(※3)。これは、Place(流通経路)は企業を主体として「顧客にどう届けるか」を示した概念であることに対して、もはや主体は顧客に移ったことを前提とした概念の進化です。正に前述したスマホを通した顧客行動と、自動化されたサプライチェーンが相互に連動する姿を明示したものと言えます。

iPhoneが登場したのが2007年。メイシーズがオムニチャネルを発表した2011年には、米国ですらスマホ普及率は35%程度でした(※4)。そしてその後の爆発的なスマホの普及を受け、その先の未来を見通し2017年にはOMOやCommunal activationといった概念変化が起こっています。当時最先端だと思われた戦略も、デジタル化の発展と共に急激に変化しているということです。社会と技術の変化は、顧客の心理や行動に大きな変化をもたらします。これからの顧客体験を考える時、そのことを改めて理解する必要があるでしょう。

(※1)出典:beBit Blog「O2Oの先、OMOはどう生まれたか?発案者、李開復の語るAIとの関連性とは ? 世界の流れとXD 第2章」, 2019年1月8日 (※2)出典: E. J. McCarthy「ベーシックマーケティング」1978(東京教学社) (※3)出典:Phillip Kotler, 「コトラーのマーケティング4.0」2017(朝日新聞出版) (※4)出典:日本経済新聞, 2011年7月12日

講師プロフィール
岩井琢磨(いわい・たくま)氏

1993年博報堂DYグループに入社。インストア・プランナー、クリエイティブ・ディレクター、ブランドコンサルタントとしての企業再生プロジェクト参画を経て、2012年にコーポレート・コミュニケーション・センターのセンター長に就く。Chief Project Managerとして、製造業・流通サービス業界を中心とした部署横断型の事業変革プロジェクト、企業ブランド構築プロジェクトの設計・推進を数多く手がける。
2018年9月株式会社顧客時間を設立。共同CEO代表取締役に就任。Head of Managementとして、顧客時間に参画する多様なスペシャリストと共に、数多くの業界・企業におけるDXプロジェクト・事業開発プロジェクトのサポートを行っている。
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。日本マーケティング学会理事。

著書に『マーケティングの新しい基本』(共著、日経BP社)、『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)、『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(共著、千倉書房)、『物語戦略』(共著、日経BP社)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(共著、日本経済新聞出版社)、『イノベーションの競争戦略』(共著、東洋経済新報社)、『職人軍団、教科書なきイノベーション戦記』(企画、日経BP社)がある。