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大学進学率50%時代に取り残されそうな大阪市の危機的状況

平成21年8月18日
室長 徳田 裕平

8月6日に学校基本調査の平成21年度版速報が発表された。この発表で注目されたのは大学(短大を除く。以下、同じ。)への進学率が初めて5割を超えたことである。進学率の推移をみると、高等学校(通信制を除く)への進学率が5割を超えたのは昭和29年度であり、実に55年前になる。この両時点での進学状況をまとめたのが表-1である。


表-1 高等学校、大学、大学院等への進学率比較

図-1 名目設備投資指数(全産業)

(注)大学進学率に、当該年度の大学卒業者数に対する大学院等への進学割合を乗じて推計。

表-1にて矢印で示したような進学率の水準の相対性や持続する大学院等への進学率の増勢を勘案すると、大まかに言って、55年前の高校が現在の大学に相当し、55年前の大学が現在の大学院等に相当するということになる。高学歴化のトレンドがここまで到達したということ自体は、大学卒業者の質の問題を問わなければ、むしろ好ましい状況であると言って差し支えないであろう。

昭和29年当時は、まだ、戦後学制改革が行われて数年後であり、新制高等学校教育では小学区制・総合制・男女共学の3つの高校3原則を目指した途上にあった。「学制百年史」(文部科学省)の原典にまで遡ってはいないが、当時の行政側の意図は「旧制の中等学校間にあったいわゆる格差を是正しその平準化を図ることと、小学校および中学校とともに高等学校をできるだけ地域学校化してその普及を図ろうとする考えによるものである」(ウィキペディアより)とのことらしい。

その後の名門高校化や大学受験競争の激化はさておき、ここでは、「高等学校をできるだけ地域学校化してその普及を図ろうとする」という点に着目したい。全国的にみて小学区制は必ずしも遵守されなかったようであるが、少なくとも地域を担う人材を地域で育てようとする姿勢が明らかである。結果として、地域単位で公立高校を中心とした高等教育が浸透・普及し、地元の高校を卒業した者の多くは地場の企業や役所などに就職して地域経済に貢献してきたのである。大阪市に関して言えば、昭和29年の市内の高校の1年生(定時制を含む)は23,959人あり、28年度の市内の中学の卒業生:29,416人の81.4%に相当しており、当時の高校進学率を勘案すれば、市内の高校進学者は無論のこと、市外からも1万人近い高校生を受け入れていたのである。このことから、“学ぶのであれば大阪市で”という図式が成立していたと考えられる。

それでは、大学が高校化したとも言える現在の大阪市の状況を最新データにより検討してみる。3年前の平成18年度の市内の中学生卒業者数は21,540人であり、そのうち高校進学者は20,936(進学率:97.2%)である。依然として市内の高校卒業者数は中学卒業者数を上回っているものの、市外から通学する高校生の数は55年前よりも数千人規模で少なくなっている現状が浮かび上がってくる。また、大阪市内の高校卒業者の大学への現役進学率(20年度)が47.3%であり、全国:45.9%よりも1.4ポイント高いことから、いわゆる浪人も含めた21年度の市内高校生の大学進学率を51.5%と想定する。そして、市内中学からの高校進学者数:20,936人(18年度)に対して、この51.5%を乗ずると10,782人となる。この人数は3年前の市内中学卒業生のうち大学進学した学生数の期待値となる。他方、実際に市内の大学へ入学した学生数は5,734人(20年度)であり、この53.2%に過ぎない。逆に言えば、市内の中学卒業生の内、大学へ進学する人の半数近く5,048人は、少なくとも市外の大学を選択せざるをえない勘定になる。実は、昭和29年度の市内の大学への入学者数はなんと8,296人であり、現在よりも45%も多いのである。

無論、大学には学部編成や偏差値が厳然として存在するわけで、単に数字合わせ的に定員枠があれば良しとするべきではなく、選択の幅が広く求められる現状であることは重々承知しているが、大阪市のような大都市であるが故に、なお一層のこと多様な大学が集積しているのが、大学進学率50%時代の都市に求められる大都市機能であると言えよう。端的に言えば、55年前の高校や大学の整備状況と対比すれば、こと大学に関しては、大阪市には学びの場が少な過ぎるということである。

ちなみに、旧7帝大のあった都市と神戸市に関して、平成20年度の大学の学生数を比較したのが表-2であるが、この結果からも都市規模に比して大阪市の状況は危機的とさえ言えそうである。


表-2 主要大都市における大学(院を含まない)の学生数(平成20年度)

参考図-1 名目設備投資指数(製造業)

かつて高度成長期において、弊害が深刻化していた大都市圏への過密集積を是正する目的で、工場や大学等の新設を制限する「近畿圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律」(工場等制限法)が昭和39に制定された。大阪市内はほぼ全域が制限区域に指定されていたとは言え、昭和39年の市内大学生数は5万人を越えていたのであり、45年の間に半減したのである。この法律も平成14年7月には撤廃されて7年が過ぎており、市内にはサテライトとしては多くの大学が拠点を構えているが、大学進学率50%時代を迎えた今日、大学の本校や次代を担う新たな学部・大学院などが市内に立地する政策をより積極化すべきとデータは寡黙にも訴えているように思えてならない。

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