大阪:道修町に本社をおく武田薬品工業が新研究所構想を先月25日に発表した。その結果は新聞等で報じられているように、800人以上もの陣容を誇る淀川区の大阪工場の研究部門や筑波リサーチセンター(約140人)等を統合して、旧湘南工場に建設する新研究所に2010年度から集約していくというものである。
新研究所の誘致に際しては、大阪府と神奈川県が200億円規模の補助金等の助成措置を競って繰り広げたと報道されており、大阪府では今回の失敗を踏まえ、企業誘致専従理事を設置するとともに、企業立地条例(仮称)の制定を図るなど、立地促進に向けた戦略的体制を強化しつつある。
2年半ほど前に最終合意に至った旧山之内製薬と旧藤沢薬品の合併により、アステラス製薬が2005年4月に誕生したが、道修町に本社をおいていた旧藤沢薬品の加島地区研究所(淀川区)は研究機能を維持しつつも、その陣容は従来の2/3程度の400人規模となったようである。さらに、先月発表された中期経営計画では2010年に向けて、加島研究センターの探索・最適化研究機能を、新棟建設予定の筑波研究センターに集約させることで研究の効率化を図り、他方、加島センターは川下領域の開発研究に特化する方針を明らかにしている。
研究機能を以前から首都圏においていた第一三共グループを含めると、武田、アステラス、第一三共の国内医薬品大手3社における川上領域の研究機能は今後10年以内にすべて首都圏に集中する見通しとなったわけである。
このような状況は確かに、莫大な付加価値を創出する創薬研究のコア機能が大阪から流出することを意味し、大阪の経済・産業・雇用に対して多大なインパクトを及ぼすものではあるが、考え方を変えれば大阪・関西にとって決して悪い面ばかりではないと言える。
武田薬品が新研究所を神奈川:藤沢に決定した理由の1つに、新規の研究人材の確保があると報じられているように、優秀な創薬研究者の新規人材供給源は限られている。例えば、関西の薬学系に関して大学入試の難関校を見ると、京都大学と大阪大学の薬学部が双璧であるが、両校ともに昨年度の学部卒業者の8~9割は修士課程に進学し、製薬会社に就職するのは4%以下である。修士課程修了者に関しては、5~7割が就職するものの、その内、製薬会社へ就職する割合は京都大学で68%に過ぎない。博士後期課程の修了者を含めても、両大学から製薬会社に就職する人数はわずかに年間100人前後に過ぎないと推察される。
このように限られた新卒研究者をより多く確保すべく、大手から中堅、ベンチャーに至る様々な製薬会社が争奪戦を展開することになるが、新卒者の中には個人的嗜好などのため、大阪・関西圏での職場に限定して就職活動する学生も多少はいると思われる。大阪に研究拠点を有する武田薬品などは、こうした学生にとってトップクラスの人気を誇ってきた企業であると考えられるが、以上で見てきたような首都圏シフトが明らかとなった状況では、大阪・関西の中堅企業やベンチャー企業が有望な就職候補となってきつつあるのではなかろうか。
また、武田薬品の長谷川社長が述べているように、「大阪に残りたいという研究者がかなりいる」とのことであり、家庭の事情等を抱えている研究者の一部が、武田薬品にこだわるよりも大阪の職場にこだわって、転職・再就職することも十分想定されよう。
経済産業省では、近年、大学発ベンチャー企業の創出・育成に注力しており、その結果、今年3月末では全国で1,503社にまで達している。大学別に見ると東京大学に次いで大阪大学:71社、京都大学:59社と2、3位であり、また、分野別では両校ともバイオを手がけている割合が過半を占めている。バイオ分野がすべて創薬ではないとしても、薬学系は少なからずのシェアを有していると考えられる。
近畿経済産業局の調査結果によれば、特にバイオ分野の大学発ベンチャー企業では人材ニーズが高くなっている。こうした人材ニーズに応えるべく、バイオ分野に関しては「バイオビジネス・ステーション」、「青い銀杏の会」、「メットリンク」など、公的機関が母体となったNPO法人が各種の事業を展開中であるものの、そもそも人材の総量が限られていることから、ベンチャー企業にとって人材不足は依然、解消されていない。
バイオ系大学発ベンチャー企業の場合、研究開発が事業の成否に直結する重要課題であり、会社設立後も大学教員が関わるケースが一般的であることから、必然的に大学に近接して事業展開することが多く、教え子を送り込んで事業を成功させたいとの大学関係者の希望はごく自然なものと思われる。
上記の点を総合すると、大阪・関西での就職を希望する新卒研究者や現役研究者にとって、大手製薬企業での研究生活の選択肢が狭められているなかで、中堅企業やベンチャー企業が選択肢として浮上しつつあることは想像に難くない。
バイオ関連分野は従来、大阪・関西の得意分野であり、大阪府以外でも大阪市、神戸市、京都市、近畿経済産業局などの行政機関が有望産業として位置づけて積極的な支援施策を講じており、今後の集積・成長に向けてベンチャー企業の育成は最重要課題の1つとなっている。
武田薬品工業の研究所移転計画発表を契機として、企業誘致の戦略的強化を図ることも重要ではあるが、在阪の中堅医薬品企業やバイオベンチャー企業等にとっては、多少とも研究人材確保の好機となりつつあるというプラス面を再認識して、人材流出の回避・最小化に向けて多面的な施策を講じて、創薬・バイオ産業振興を推進していく戦略が必要ではないだろうか。
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