2010年11月22日
室長 徳田 裕平
四半期ごとに開催している「大阪府・大阪市経済動向報告会」の10月26日において、私は『不況脱却のカギを握る需要不足の構造と変化』という視点で近畿圏の経済構造について最新の動向を報告した。2009年春ごろを底とした景気回復の主要因を総括すれば、政府のエコ商品購入への支援措置も消費需要の創出に一時的な効果はあったと思われるが、やはり中国を中心とするアジアへの輸出回復とそれらに関連する業種の設備投資の持ち直しの寄与が底流として大きいことがわかる。
これらは企業が成長市場をめがけて商品開発や販路開拓に死力を尽くした結果であるが、域内需要の持ち直しに関してはエコ商品購入支援が先細りしつつあるなかで、政府や行政が有効な対策を講じようとする気配が感じられない。
域内経済の閉塞感は明らかに需要不足に尽きるわけで、その背景には所得の減少傾向や年金等の将来不安がある。したがって、不必要な支出を抑えたいという消費者心理に沿いつつも、需要を掘り起こすという戦略が重要となってくる。要するにエコポイントなどと同じくお得感を味わっていただき、満足してもらう制度的環境条件を整えることが肝要であり、「損して得取れ」の戦法である。しかし、企業経営も厳しい折、当社が損して、他社が得を取ったのでは倒産が待ち受けているだけで、どの企業も率先して損をしようとはしないのは当然である。では、誰が「損しても良い」と考えて行動をとるのであろうか。エコポイント制度では一次的に「損をした」のは政府なのであるが。
さて、九州では来春の九州新幹線の全通を前にして観光客増加に期待が膨らんでいるようであるが、私は新大阪~鹿児島中央間の約900kmを約4時間で結ぶことをウリにするような時代とは発想を画すべき時代が差し迫っていると考えている。それは、決して新幹線だけではなく、私鉄や地下鉄などにも応用できる方法論であり、ここでは大阪圏の状況にからめて論点を絞って具体的に考えてみることにしよう。
その前に、私は大学では土木工学を専攻したが、交通経済を特に勉強したわけではなく、鉄道関係に就職したこともないので、以下の議論はユーザーの一人として、また、産業振興、地域振興を考える立場の一人としての意見であることを断っておく。
公共交通機関は運輸業に分類され、種類としては鉄道と乗合バスが一般的である。ユーザーからみれば一種のサービス業として感ずる側面も強いことから、わかりやすい対個人サービス業と対比して考えてみよう。サービス業を捉える側面にも色々あるが、ここではサービス提供者と利用者の1対1、もしくは1対複数のケースの違いに着目して捉える。
例えば、理・美容室はユーザーに対応したきめ細かいサービスを提供する事業であり、私のためにスキルと時間を提供してもらうという感覚が強くあり、料金もサービス内容に応じて支払うことになっている。他方、映画館をとってみれば、はじめから上映時間は定められており、ユーザーはそれに合わせて映画館まで出向いて観ることになるが、決して私一人のために上映しているわけでもなく、私は他の観客と同じくほぼ均一のサービスを享受するOne of themに過ぎず、料金も席のランクが無ければ均一である。
では、交通関連のサービスではどうであろうか。まず、理・美容室と同様にお客のニーズに応じて個別に対応するのがタクシーやハイヤーである。自分専用に空間と時間とサービスを提供するパターンである。他方、映画館と同じパターンが鉄道とバスなどの公共交通機関であり、停車場所と運行時刻が予め定められている移送サービスである。私が利用しなくても、いや例え乗客が一人もいなくても予定通りのサービスを提供するのである。距離当たりの料金を比較すれば、自分専用サービスの方がマス・サービス型事業よりも高くなるが、これは当然と言え、消費者も納得している。
さて、ここで経済学でいう限界費用的な考察を加えてみよう。ここでは、私一人の交通利用トリップが発生することに伴う追加コストという観点で考えていく。まず、タクシーの場合は目的地に行くまでに要する運転手の人件費、距離や時間に比例する燃料費が基本的なコストとなる。他方、公共交通の場合は私の体重と荷物加重の積載によるエネルギー費用の増分と、かつては必要であった切符発券・改札チェックに伴うコストとなろう。無論、料金設定に際してはグロスで勘定して全体の採算性などを詳細に検討して総コストをまかなえる料金体系を設定しているのであるが、ミクロな限界費用で考えるとこのようになる。しかも、ITの進歩により電子式カードによる料金決済が相当に普及している現状では切符発券や改札チェックの費用はほぼゼロとみなせる水準になっている。
次に、料金体系から考えてみよう。タクシーは時間・距離併用のメーターとなって久しい。複数の顧客先を短時間で廻るような移送トリップに関しても、初乗りメーターは初回のみであり、走行距離比例型の運賃に加えて、客先での待ち時間分が余計に加わる形で請求金額が計算される。他方、公共交通の場合は原則的に一回の乗車の度に当該区間料金を支払う体系となっている。無論、一日乗車券もあるが、鉄道会社が異なる乗車パターンの場合は通常は適用されない。しかし、上で考察したように、駅での乗降に伴う限界費用は電子式カードの場合はほぼゼロであることから、ある区間を一度も乗り降りせずに利用した場合と、何回も途中下車して改札口を通った場合を比較してもコスト面では実際にはほぼ同じなのである。
したがって、電子式カード利用者に限って言えば、タクシーのように乗車距離比例型の料金体系を適用することに関して、発生コストから考えれば特に損をこうむることにはならないことがわかる。しかも、関西圏を中心に普及しているPiTaPaはクレジットカード型の後払い方式となっているために、一ヶ月間の延べ乗車区間・距離を鉄道会社ごとに算出して、各社の区間・距離当たり料金単価を掛けることで総料金を請求するということが理屈上は可能な筈である。しかも、乗降改札口に加えて通貨時刻も記録されていることから、例えばラッシュアワー以外の閑散時間帯や週末などに割引料金単価を設定することで潜在需要の掘り起こしや時間分散化も可能となるのである。
無論、このような一大改革を実施するためには制度的な壁の切り崩しや、料金計算のプログラム変更などのコストがかかることは想像に難くないが、これにより公共交通機関の利用者が電車代を気にせずにあちこちで下車して、食べ歩きや観光地巡りなどを楽しんでもらうことで生活をエンジョイし、消費にも少なからぬ好影響をもたらすことが期待できる。幸い、鉄道事業者の多くは商業・飲食系の事業やタクシー、レンタサイクルなどの事業を幅広く展開していることから、途中下車してもらうことで、企業グループとしての需要開拓・売上増加につなげる工夫も色々と考えられる。
同様な料金体系を九州新幹線などでも適用することは十分に可能であろうし、ETCによる高速道路料金も同様である。これにより旅行者がお得感を持って満足する旅行を楽しんでもらい、各地の商業系事業者などが潤うことを期待するものである。まさにITの進化・発展の恩恵で「損せずに得取る」形の交通料金体系導入が可能となったわけで、潜在的な需要を掘り起こす発想が不況脱却に求められている。
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