ものづくりから集客へ 産業構造変化が最も大きい区
 
 
 

 今回は大阪市此花区を訪問してきました。同区西部(臨海部)は古くからの工業地帯であり、大阪ガス、住友化学工業、住友金属工業、住友電気工業など、大規模工場が多く立地し、我が国の経済発展に貢献してきました。同区の1工場あたり従業者数は大阪市24区中で最も多く、過去20年間その地位は変わっていませんので、今なお大規模工場が重要な地位を占めています(表1)。
ただ、この間に工場用地(敷地面積)は24区中で最も減少しました(表1:約97ha)。工場の跡地利用の主なものとして、2001年3月、住友金属工業の工場跡地(約54ha)にユニバーサルスタジオ・ジャパン(以下、USJ)が開業しました。それにともない、USJがある桜島2丁目では、開業前と比較して、サービス業従業者数が5752人増えました(1996年 368人→2001年 6120人)。第二次産業(製造業を含む)から第三次産業(サービス業を含む)への産業構造転換は全国的に見られる動きですが、此花区では特にその動きが顕著に表れていますので詳しく見てみましょう。

 

 表2を見ると、此花区では過去20年間に、第二次産業従業者数の割合が大阪市24区の中で最も大きく低下し(-20.6%ポイント:51.9%→31.3%)、第三次産業従業者数の割合が最も大きく伸びたことがわかります(+20.7%ポイント:48.0%→68.7%)。つまり、第二次産業から第三次産業への構造転換が最も進んだ区であると言えます。もう少し細かく見ると、第二次産業の中では製造業の低下が大きく(-15.6%ポイント:38.8%→23.2%)、第三次産業の中ではサービス業の伸びが大きくなっています(+17.3%ポイント:13.0%→30.3%)。サービス業の伸びについては、毎年大勢の人々を集めているUSJの影響が大きいため、ものづくり産業から集客産業への転換が最も進んだ区と言っても過言ではないでしょう。

 
 また、此花区には、USJのほかにも大勢の人々を集めている施設などがあります。舞洲には、宿泊施設や各種スポーツ施設が整備された舞洲スポーツアイランドや、環境保護建築でも有名なオーストリア・ウィーンの芸術家故フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー氏に外観のデザインを依頼した大阪市環境事業局の舞洲工場があります。ここは見学設備が整備されており、待ち行列ができるほど人気を集めています。
 冒頭でも述べましたが、此花区には現在も大規模工場が立地していますし、すでに閉鎖された工場跡地がすべて有効活用されているとは限りませんので、今後もUSJのように(USJ級の集客施設がもう一つやって来るとは思いませんが…)、大規模な土地利用転換が行われ、産業構造が変化する可能性があります。こうした工場跡地の活用が大阪再生のカギを握っているのかもしれません。また、同区では夢洲の埋め立てにより土地が増加傾向にありますので、それに伴う産業構造変化も起きてくるでしょう。

 大阪産業創造館までの時間距離

約45分
  福島区役所からの所要時間
   ※実際に計測。地下鉄・JR・阪神電鉄利用。
    電車の待ち時間を含む
 
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