いつまで続く? 大規模工場からマンションへの土地利用転換
 
 
 


 今回は大阪市都島区を訪問してきました。同区の友渕町1丁目は、人口が17,624人(2000年)であり、大阪市で最も人口の多いところです(表1)。ここには、かつてカネボウの淀川工場が立地していましたが、1982年に滋賀県長浜市に移転し、跡地(約156,000m2)にベルパークシティや住宅都市整備公団(現:独立行政法人都市再生機構)などの中高層住宅が開発されました。
また、同丁目では、2000年以降にも大規模なマンション(約600戸)が建設されており、さらに、現在、戸建住宅(約80戸)の開発も行われています。今年の秋に実施される国勢調査ではさらに人口が増加しているものと思われます。



 このように、都島区では大規模工場が閉鎖され、その跡地にマンションが建設されるケースが目立ちます。1974年から1996年までの22年間の大阪市における24区別の土地利用変化を見ると、工業用地から中高層住宅用地への転換が最も進んだのが同区でした(表2)。

 大阪市全体では、1974年に工業用地であった約840万m2の4.6%(約77万m2)が中高層住宅地へと転換されましたが、都島区では約67万m2の37.4%(約25万m2)が転換され市内24区中トップでした。同区では中高層住宅地以外への転用も進み、1996年には工業用地は約半分(約34万m2)となりました。


 1996年以降の主な動きとして、同区内では、2001年1月に閉鎖された雪印乳業大阪工場の跡地の一部(約6,500m2)にマンション(約190戸)が建設され、日本製紙都島工場の跡地(約98,000m2)でもマンション(約1,000戸)の建設が進められています。土地面積でみると、さらに10万m2以上の工業用地が中高層住宅地へ転換されることになります。

 このように、工業用地(従業者)が減り、マンション(人口)が増えると、例えば、閉鎖された工場の近隣にある飲食店が閉店する一方で、生鮮食料品を販売する商店の売上げが増大するなど、地域の商業・サービス業に大きな影響を与えます。
しかしながら、都島区では大規模な工業用地がほとんど残っていないので、今後も次々とこうした大規模なマンション開発がなされることはなく、工業→マンションという土地利用変化が地域へ与える影響も次第に小さくなるでしょう。

 

 大阪産業創造館までの時間距離

約35分
  都島区役所からの所要時間
   ※実際に計測。地下鉄利用。電車の待ち時間を含む
 
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