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取材お蔵出し

※2013.3.10現在

起業家精神が日本を変える ~世界で勝つ経営戦略を創り出せ!~ Terra Motors株式会社 代表取締役 徳重 徹氏 事業家・ウミガメヱヴァンジェリスト 加藤 順彦氏 有限会社ポンタオフィス 代表取締役 本田 勝裕氏

大阪産業創造館 主催パネルディスカッション2013年1月26日(土)

【第一部】

鋼材問屋を継がずに起業

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本田 まず親不孝という言葉をキーワードにしながら、起業は親不孝かどうか、自分の体験に基づいて過去を振り返りながら話していただけますか。

加藤 生まれは東京ですが、大阪育ちです。小学校5年生の時におじいちゃんが亡くなって、親父が社長になりました。3代目のボンチです。大阪の立売堀西九条のあたりは鋼材問屋の集積地で、自分の実家もそこで鋼材の問屋をしていました。今続いてれば今年で60年ぐらいです。僕は4人兄弟で、親父は僕が会社を継ぐもんやと思ってたようです。僕も、おじいちゃんが亡くなってから、ぼんやりと将来は実家の家業継ぐと思っていたんですが、大学に入ってすぐ学生起業して、まぁ会社ごっこみたいなんに参加して、結構そっちの前頭葉が大きくなってですね。就職活動を始める頃には自分で商売やりたいなと思っていました。親父の敷いたレールに乗りたくないと思い、大学4年生の時には親父の勧めで、ある会社に就職が決まっていたんですが、東京に上京して計画留年しまして。そのまま僕は23年間東京から帰ってこなかったんで、会社は継がず、弟が継ぎました。親父は怒るという感じではなかったんですけど、まあ落胆したとは思います。

本田 学生時代にリョーマという会社に参加したのは、もともと起業家精神があったから?

加藤 そうです。高校に入った頃から、自分は将来商いやるんやろなって。それはやっぱりお父さんよりもおじいちゃんの影響が強かったですね。おじいちゃんは孫が20人くらいおって、僕は長男の長男だったので、物心ついたころから、「将来は商売をお前がやるんや」ってなことを酔っぱらったら言うてたので。

本田 そこから、ダイヤルキューネットワークの設立に参画したんですね。

加藤 1991年の3月に大学を卒業して、ダイヤルキューネットワークっていう会社をやるために上京したんですね。それで、これから上場や、とか世界一や、とか思ってたら次の月に潰れたんです。親にも出資してもらって、大見得きって出てきた手前、会社が潰れたこともよう言いませんでした。結局、日広(現GMO NIKKO)という広告代理店を92年5月にこしらえたんですけど、3回目の決算出たあたりで、親に白状しました。「実は出資してもらった会社、上京して1ヵ月で潰れた」と。だから5年くらい黙ってたことになります。ただ、親は今も大事にしてますよ。3年前に鋼材問屋の会社は閉めましてね。弟もそれまで社長やってたんですけど、営業譲渡した先で役員を務めて、今年退任しました。

ゼロからの再スタートめざし、シンガポールへ

本田 で、日広(現GMO NIKKO)をGMOグループに売却した。

加藤 売却というとかっこいいですけど、実際は経営に失敗したんです。ネット系の広告代理店だったんですけど、2006年1月に堀江貴文さん(当時ライブドア社長)が逮捕されて、ネットベンチャーの市場が総崩れみたいになりましてね。ガタガタと業績が悪くなり、2007年の年末に売却を決意して、翌年5月にGMOインターネットグループの傘下に入ったわけです。売却といっても二束三文で、お金はほとんどもらっていません。でもお客さんと社員を守らなあかんでしょ。リョーマの専務がGMOグループの専務をやっていたこともあり、GMOやったら安心できるなと。

本田 失敗がきっかけでシンガポールに移りましたよね。何があった。

加藤 東京の表参道でその広告代理店をやっていたんですが、広告代理店って商品は言い換えると人間なんですね。仕事が属人的で、加藤君に仕事頼んでるよって人がお客さんの1/3くらいだったと思います。だから、日広をGMOに譲って、私がまた起業するとお客さんが私の方についてきてしまう可能性もあったし、東京では起業できないなと。だからといって大阪に帰るという選択もなかったんです。そうすると、当時40歳になったばかりで、リョーマの役員になってからちょうど20年。ベンチャーの経営をやってきた中で、1回リセットしてゼロから新しくできるとしたら、年齢的にも最後のチャンスかなと思って、何もないところでゼロからやってみようと。知り合いもおらん、英語もしゃべれん、何かようわからんけど。シンガポールなら誰もついてこないでしょさすがに。それでシンガポールに行きました。

本田 シンガポールに行って何するかは、行く前に考えてたの。

加藤 実は日広って会社こしらえてから、2006年の夏まで14年間ずーっと単月黒字だったんですよ。ところがライブドアショックでそれまで10億あった月商がわずか7ヵ月で5億まで減りました。広告代理店って大体粗利益率で15%なんです。粗利益率15%の商売で当時従業員が連結で200人くらいおったんですけど、それがいきなり売上が半分になったらどうなると思います。つぶれるんですよ。ほんで最後1年くらいは火の車でした。個人的にも会社の財政も。毎晩家帰っては会社でしづらい借金の話とか、資金繰りの話を夜中までやってたんで、家の者も精神的に参りますわね。個人で貯めてた預金を会社手放すまでの1年半くらいで半分以上失ったんです。だから東京におると借金の話しかしないし、僕も精神的にアンダーだったんで、もういったん誰も知らないところに行こうということで、シンガポールに行ったんです。だから最初の1年くらいはぶっちゃけ何もしてなかったですね。リセットのために行ったみたいな。

本田 ここは多分ポイントの1つやと思うんですけども、失敗がきっかけになって起業するってものも、実はありなんですね。実は僕が「あまから手帖」辞めたのも同じです。失敗です。部長としての。それで自分でクビきって、やめて今の仕事始めたんです。そういう意味でいうと、リセットするときに、マイナスからリセット、あるいはマイナスからスタートっていうのは実は全然ありなんです。スタートはどこからでもできるということです。

「会社はやるな」という父の教えに反発

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本田 ここで徳重さんのお話に移ります。親不孝のお話はありますか。

徳重 私は山口県の出身で、田舎の人ならわかると思いますけど親がめちゃくちゃ厳しいんです。うちの親は特に厳しくて、小さい頃から毎日説教の時間というのがあって、正座させられて聞かされていました。『保証人になっちゃいけない』とか。でその中に『会社はやってはいけません』というのがあって(笑)、とにかくいい大学に入っていい大企業に入るのがお前の幸せだと小さい頃から躾けられてたんです。昔は真面目だったんで、親の言うことを聞いてたんですが、途中から何か違うなと思い始めたんです。

なぜそこまで親父が言うか理由がありまして。うちの親父は新日鉄のサラリーマンだったんですけど、おじいさんは地元で大きな木材業をやってたらしいんですね。で、石炭から石油に変わる流れの中で、政府の規制もあって潰れちゃったらしいです。親父は当時中学生で、お坊ちゃまの世界から突き落とされて悲惨な目にあったみたいです。本人はとても頭が良かったらしいんですが、結局スッテンテンになって大学も行けなかった。新日鉄は学力主義だから中学、高校で自分より勉強ができなかったやつがどんどん出世して、自分はずっと現場だったんです。だから僕には、いい大学いい大企業に行けと。そこで部長まで行くのがお前の幸せだと言われたんですね。

ところが僕は、大学に行くときに広島の予備校で浪人生活を送っていました、そういう時って、勉強ってやり続けないといけないのかなって考える時があるじゃないですか。当時、自己啓発の本にハマってて、その中に出てくる人で多かったのが起業家なんです。例えば、松下幸之助さんとか本田宗一郎さんとか稲盛和夫さんとか。九州大学行ってからも、起業に関する本を読んだりセミナーに行ってたんですけど、相変わらず親父は同じことを言っていました。それで僕の折衷案としては、とにかく海外が結構好きだったんで、世界で大きなことをやりたいなというのがあって、それならソニーとかホンダとか商社かなって。

僕は工学部の応用化学なんです。なぜかというと、親父が選んだんです。山口県って化学会社が多いんですよ。長男なんで最終的に帰ってくるってのが親父の夢なんです。でも僕は経済学とか経営のほうが関心が高かった。でもソニーとかホンダは山口県にはないし、海外行くのなんて親はもっと嫌だった。だから親父とは大ゲンカして。「そんなに言うんだったら縁切って行け」と。当時の僕はそこまでできなかったから、しょうがなくNTTに行こうと思ったんです。でも結局就職活動の途中で自分には合わないと思い、NTTはあきらめました。ところがもう6月になっていて、行ける会社は銀行と損保と生保しかなかった。その中で自分を評価してくれそうな会社が住友海上だったんです。

自分はこういうことをやりたい、ということを嘘つかずに言って一番評価してくれたのがその会社だっ。た。あとで分かるんだけど、結局みな損保には、給料が良くて安定してるという理由で入っていて、僕みたいに世界でチャレンジしたいと言う人はいなかった。やっぱりズレが生じてくるわけです。それで僕は大阪本社の結構いいところで5年間やらせてもらったのですが、4年目くらいに「原点に戻る必要があるな」と。要は会社に染まって生きるのか、自分の道を生きるのかの決断を29歳の時にしたんです。その時はすべてを捨てる気でしたね。そのことを親父に相談しようものなら、引き止められるのは分かっていたので、言わずに辞めました。でも一応育ててもらった恩があるじゃないですか。だから辞めた後に報告に言ったら、今でもよく覚えてますけど、すごくうるさい親父が震えて声が出てないんですよ。もう2分くらい震えて。横でお袋は泣いてるんですよね。それで僕そんなに悪いことしたかなぁと。で当時から付き合ってた恋人がいて後に結婚するんですけど、その義理の母からも「とんでもない奴に引っかかった」とか言われて。そういうことがあって、シリコンバレーに行ったんです。

【第二部】

ビジョンに人は集まってくる

本田 ここで会場の皆さんから質問を受け付けます。

質問 会社を立ち上げてスタートした時にどうやってチームをつくっていったのか、いろいろ苦労があったと思うんですけど。

徳重 我々まだ社員15名でして、これからもっとスーパーな人材を集めて進化していかなければいけないのですが、発展途上という前提でお話します。最初は一人で立ち上げて、電動バイクメーカーなので、生産、開発、物流、販売、プロモーション、メンテとかめちゃくちゃあるわけですよね。僕がやりたかったことは、日本から急成長するメガベンチャーをつくりたいと。それが僕のやりたいことでね。そのためには、ビジョンと人と資金なんです。それもスーパーだということです。結局大変なのは人なんですね。人材会社にお願いすると150万円くらいかかるし、雇用しても結果的に良いか悪いかもわからない。それでハローワークにオーダーするんですけど、まぁなかなかいい人材が来ないわけです。困っていたところ、スローガンという、優秀な大学生をベンチャーに送る会社があって、そこの伊藤豊さんという社長に僕がめざしている志やビジョンを伝えたら、是非2人紹介したいと。早稲田大学の4年生と、もう1人は早稲田の理工学部出身の社会人2、3年目ぐらいの人で。その2人がリスクをとって入ってきたわけです。後で聞いたら、僕の考えてるビジョンが面白くてワクワク感があるということと、僕が本気で言ってたということがポイントだったようです。それで彼らにどんどん仕事を与えて、どんどん叱って、どんどん成長するっていうスパイラルが始まりました。うちのやり方は基本的にはインターンから入れて、ガリガリグリグリ徹底的に鍛えるんです。何でビジョンが大切かというと、僕はベンチャーが急成長するパターンをつくらなきゃいけないという信念をもっている。それが一番なんです。その上、EV(電気自動車)なんで、世界にイノベーションを起こそうとか、シリコンバレーの奴らを驚かせたいとかね。あとはアジアのリーダーを輩出する。それが柱なんですけれど、そういうのが響いた人が来てる。そういう意味ではビジョンは重要です。

加藤 僕はチームをつくりたい人たちを見つけてどんな商売をしたいのとか、どんな夢があるの、とか聞きながら、共鳴できて、向こうも望んでくれて、僕が何かアイデアが浮かんだら、チームをつくっています。そこに資本を入れて役員になるという手法です。みな僕より下で、社長さんは若い子で27歳ぐらい、一番年上で36歳ぐらいですかね。今僕が関わっている会社は7、8社あって、皆オーナー社長です。でどうやったら資本が増やせるの、チームをつくれるの、事業戦略を立てられるの、というのを僕の方がちょっと知ってるので一緒になって考えています。

本田 そういう加藤さんにとってチームとは。

加藤 徳重さんと同じなんですけど、結局ビジョンなんです。日広という会社を設立した当初は、夢も野望もビジョンもなく、単に儲かるからといって雑誌の広告の仕事をしていたんです。だからその頃はチームを作ろうなんて思ってなかったですね。ところが95年にうちのお客さんが、ダイヤルQ2のプロバイダーを始めたんです。「これからは日本中インターネットで世の中のモノ、コト、金の流れ変わるぞ」って言われて、もう脳みそが耳から出るくらいびっくりしたんですよ。もともとリョーマを興した時も会社で世の中に革命を起こそうと思っていたことが蘇って。98年に「インターネット広告で世界一になる」というビジョンを突然掲げたんです。そしたらバイトが半分以上辞めました。急に社長がおかしくなったと(笑)。その中で1人、2人だけが残ったんです。「社長の言うてる革命って面白い」と。それで、僕にとって単なるバイトだった人間が「人材」に見えてきたんです。「俺の言ってることわかってるな、こいつ」って。それから毎週勉強会やって、「インターネット広告は世の中を変える革命になる」、「閉鎖的な広告業界が劇的に変わる可能性がある」、という話をしてました。それから従業員も売上げも増えて、一番多い時で2006年に103億円までいきました。従業員は単体で147人、連結で200人まで増えました。なぜ増えたかというと、インターネットが世の中を変えるというビジョンです。「世の中を変える力がインターネットにはある」っていう僕の主張がある意味追い風を掴んだんやって思っています。

それまでやっていた雑誌広告の産業って成熟産業だったんです。雑誌広告っていうのは結局大手の広告代理店や雑誌社の作ったルールの中でやって行かないとだめで、僕らのような完全なフォロワーは絶対上へ上がれない。既成の産業に後発で参入しても絶対にルールメーカーにはなれないんだと。だから成長のビジョンを社員に説明できなかった。僕1人で責任のとれる範囲で小さくやってればいいと思ってたんです。ところがインターネット広告の時代がやってきて、「インターネット広告って全然わからんけど、ルールメーカーになれる可能性がある、ルールメーカーになれれば何の制限もない」と。だからビジョンが語れたんですね。

1から100にするより、0から1にするのが大変

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本田 徳重さんは社員15人っておっしゃってました。これからチームとして同志として増やしていくつもりですか。

徳重 当然増やしていかないといけません。今やっと0から1にできた状況で、これから1から100にしていくんですが、0から1にする方が大変なんです。0から1をつくってはじめて製品もイノベイティブなものが今年できるわけです。有難いことに一流企業で働いているスーパーな連中の中にも、年収が半分になってもいいっていう奴らが本当に入社してくれるようになってきました。
あと先程のビジョンの話ですが、経営者が本気で思ってるかどうかってことが極めて重要なんです。公明正大とか社会貢献とか経営者が本当に思っていて、自らの経験に裏付けられた信念をもとにビジョンが昇華されなければ意味がない。というか、新入社員って1~2カ月働いたら経営者が本気かどうかわかるので、そこは非常に重要なんです。
あともう1つ付け加えていうと、「私には崇高なビジョンなんかないです」とか言う人も多いと思うんですね。たとえば、松下幸之助のビジョンは水道哲学です。でも水道哲学って最初からあったわけじゃなくて、経営者として進化を遂げながら9年くらい経ってから水道哲学をつくったんです。だから今ないからダメだってわけじゃなく、考え続けることが大事なんじゃないでしょうか。

本田 要はビジョンをしっかり持っていて、それを本気で思っているという信念があって、さらにアウトプットして声高に伝えていく。そうすると、おのずとそれに共鳴できる人、共感できる人が集まってくる。自分はこういう信念持っているんだと明確に言うてないとアカンし、それほんまに俺思っているかなっていう確認をしながら前へ進んでいく。その結果、同志が集まってくるし、同志になりきれない人は去るということですね。でも同志だって言っていても全くフラットで水平かというと、そのチームの作り方っていうと叱りながら怒りながら鍛えていくっていうやり方もあれば、どんどんヒアリングを重ねてそれにアイデアを重ねていくというチームもありで、それに要はそれぞれのプレイヤーの違いがあるわけです。

【第三部】

成熟産業でもイノベーションは起こせる

質問 ペット向けのビジネスをしているのですが、競合がすごく多い中で、圧倒的な優位性をどう作ったらいいのか悩んでいます。

徳重 競合を徹底的に調べて、市場を調べて差別化ですよね。例えば、神戸でやっているのであれば神戸の中でナンバーワンになるのか、もしくは富裕層に特化した人だったら大体こういう犬を持っていて、こういう犬だったらこういうエサの方がより高級犬にマッチすると。要はどういう軸でもいいんですが、自分が強いところのセグメンテーションを徹底的にやりますね。

本田 マーケットをセグメントかけていきながら、自分の圧倒的な優位性みたいなところを、つまり分母の数を1億何千万人にするんじゃなくて、もっと絞り込んでいく。地域を絞り込んでいく。いろんな囲い込みで分母を減らしていく中での優位性やね。加藤さん何かある。

加藤 ペットフード産業は完全な成熟産業で、これから新規で始めるのにせーのでやっても勝てないですよ。でもその成熟産業の中でどうやって勝つか考えないといけない。例えば英会話の産業って3000億円市場なんです。もう120年の歴史があって完全な成熟産業です。でこれ以上日本では英会話産業は伸びません。でもラングリッチという会社はまだできて2年ですけども、むちゃくちゃ伸びています。むちゃくちゃってのは昨年対比で数倍です。なぜかとういうと値段が極端に安いんですね。だいたいマンツーマンで英語の先生から1時間学ぼうと思うと6000円から7000円です。ところがラングリッチは30分で150円です。先生はフィリピンのセブにおってスカイプを使って教えるんです。そうするとイノベーションが起こる。成熟産業だからイノベーションはないのかなぁとか、新規産業じゃないとイノベーションは起こせないとかあるんですけど、僕は世の中に全く存在してない産業なんてないと思っています。それよりも大事なのは、新規産業でも成熟産業でもむちゃくちゃ伸びるシナリオであれば人も金も集まってきます。普通のことやったらアカンということです。

0から1にするパッションを持て

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質問 だんだん仕事が軌道にのってくると、仕事を取りに行ってたのが、「もらえる」という感覚になってきます。お二人はどのくらいのタイミングで変化がありましたか。

徳重 僕らはまだ2年と9ヵ月なんで、まだ創業期ですけど、圧倒的に仕事取りに行くってことですね。今の日本では、新しい営業先のとこに行っても「実績はどうなんですか」と言われます。電気バイクは家電量販店でも売ってますが、店の人に何を言われるかっていうと、「あんたんとこメンテナンスの機能も持ってるんですか」と言われるんですね。じゃあ「それをメンテナンス屋に持って行ってもらえるようにしてくれませんか」と言うと、「どれだけ売れてるんですか」と聞いてくる。僕は新しいことって全てチキン&エッグだと思ってるんです。どっちもその通りで、グリグリっと一回転するその力、エネルギーはロジックじゃないんですね。それはもうパッションと言うか、気持ちとか気合いとか「お前が好きだから」みたいな世界で押し通すしかない。

その中で僕の一番好きなストーリーは、日本電産の永守さんが書いた『人を生かすか』って本があります。その中に面白い話がありましてね。日本電産って元々小型モーターから始めて、ものは良かったんですけど、日本国内では実績だ実績だっていうから、誰も取り扱ってくれない。それでアメリカに持っていったら、結構ものがいいから、大企業から評価された。それでどんな工場なのかと見に来る。ところが京都の工場はオンボロ倉庫なんです。だから、皆びっくりして帰るわけです。「こんなところとは契約できない」と。それが10回くらい続いた。で、永守さんは次に大手の企業が来た時、いかにボロ倉庫を見せずに済ませるかを考えて、京都で飲ませ、食わせ、芸者で遊ばせて、もうベロンベロンで二日酔いになって次の日動けないようにして、工場を見ないでそのまま帰らせちゃったんです。だけどハッピーになったしモノもいいからサインしちゃおうって、契約してくれた。そのサインを持って銀行に行ってお金を借りて、立派な工場にした。そこから回っていったんですよね。

ベンチャーって基本的に全部そうだと思ってます。そこの最初のチキン&エッグのグリグリ感をどうやって乗り越えていくのかが非常にポイントで、だから0から1にするところが大変なんです。1から100というのは工場ができたらできるんです。気合いがあれば、っていうのが大事なところだと思います。その感覚は新しい事業を始める人全てに大事なことじゃないかと思う。そこはもうロジックではないですよね。

伸びている産業にぶら下がれ

加藤 どんなベンチャーも最初は実績がないんです。それで最初仕事をとるのは大変なんですけど、一番簡単な方法は伸びている産業をやることです。伸びてる産業は結局供給が足りないので、需要者が供給会社を探すんですね。これできる会社ないかと思って。そうすると、脇が甘くなるんです。ベンチャーでも「できる」って言い切ったところに発注が来ます。僕がなんで雑誌からインターネット広告に移ったかと言うと、需要が爆発して供給がなかったからです。だからそっちに行けば絶対にインターネット広告出したい人がいっぱいいると。そこで重要なのはこっちから営業に行くんじゃなくて、向こうから来ることですよね。どんな商売でも鉄則ですけど。そのためにはどうすればいいかと言うと、伸びてる産業にぶら下がることです。

さっきのペットフードの話でもそうです。皆が供給してるところで同じように供給していても自分ところは選ばれません。逆に海外からでもいいから、とにかく自分の犬のために療養食を買いたいっていう人は今選択肢がないわけです。動物病院行ったらものすごい高い値段で買わされるし、しかも、ドックフードってめっちゃくちゃ重たいんです。だから結局持って帰れない。通販で買えるんやったら、海外からでも家に届くんやったら訳わからんけど買おうってことになる。つまり、実績のないベンチャーであればあるほど、需要がたくさんある商売に軸足を移しなさいってことですね。そうすれば、実績は後からついてくる。供給側があんまりおらん商売は仕事になりやすいです。

本田 徳重さんは、シリコンバレーに多いのは起業家精神を持ちながら同時に戦略的思考もできる人だと言っていました。その中で、それこそパッションとしてめちゃくちゃこれ今オモロイねん、はよやりたいねん、ていう話は何かありますか。

リスクを取って成功する具体例を見せたい

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徳重 今の事業がまさにそうですね。僕はこの状況に簡単に来たのではなく、30歳でアメリカに行って、それも行きたいMBAに行けずに、スタンフォードもバークレーも落ちて、しょうがないからアリゾナのMBAに行くんですけど。シリコンバレーに行くために0にしたわけで、格好が悪過ぎるわけです。それでリベンジでなんとか残ってと。それで今43歳ですけれども8年、9年くらいは色々のた打ち回りながら、加藤さんみたいにインキュベーションみたいにやってたんです。僕は自分で事業会社やりたかったから、日本の技術を世界に、と。で、メガベンチャーでやる、世界にイノベーションを起こすぞ、というのがずっと僕の思いだったわけです。それで今すぐテラモーターズでEVやってた訳じゃなくて、長い蓄積がある訳ですよね。それを今やれているので、めちゃくちゃ面白いことではあります。

シリコンバレーってワクワク感がありますよね。高揚感というか、ひとことで言うとシリコンバレーの場合は超優秀なやつがやってるんです。頭もむちゃくちゃいいし、アグレッシブだから、たち悪い訳ですよね(笑)。コンペティターとしては。それが僕のベンチマークなんです。一方で日本を見ているとなんかみんな閉塞感に陥ってますよね。一人ひとりの個人でいうと日本人は優秀なんですよ。うちの社員も決して世界で勝負できない人間ではなくて、やれるわけで。だから我々ベンチャー企業が、まさに今の日本の社会の課題に対してソリューションを出す。

僕は野球が好きだったから、野茂を尊敬しているんですけど。野茂が成功したから、今のイチローがあるし松井があったと思うんです。野茂がやってなかったら多分ないですよ。つまり彼がリスクとって0を1にしたわけです。それを、僕達は今やれる立場にあると思ってる。世界の事例見たらいろんな成功事例があるんですよね。例えば、今、日本の大手が苦しんでいる家電市場。そのテレビの市場で、2005年にできたベンチャー企業で社員が198人の会社がトップシェアです。もし日本で起こってたら、それこそちゃぶ台ひっくり返したように市場は大きく変わるんじゃないかと。それが今アメリカで起こってるんです。ビジオっていう会社ですが、水平分業が成せる業なんです。台湾のホックスコーンっていうシャープを買収しようとしてた10兆円企業なんですけど。このホックスコーンに1990年8月に投資した個人投資家の人に会って話を聞いたら、1990年の8月で売上はまだ25億円だったのが今10兆円。それだけじゃなくて台湾にはそういう水平分業で大きくなっている会社が8つくらいあるんです。トレンドで儲けてる。さっき加藤さんが言った圧倒的に成長するっていうところに軸足を移して成功した。ところが日本はずっと変わってないわけですよ。大企業のやり方やってるから。だから僕はこのスピード感はベンチャーじゃないと無理だと思っていて、それを僕たちがやりたい。

本田 その日本の中でベンチャーで勝負すると?。

徳重 僕の場合はもうシリコンバレーは全然関係無くて、東京の渋谷本社で会社登記があって、拠点は今ベトナムとフィリピンにあります。電動バイクの市場なんで基本的には東南アジアプラスインドみたいな感じです。

本田 フィリピンのEVトラクシクルタクシー。フロムジャパンと書いてますね。

徳重 中国はわかりませんが、東南アジアと台湾は日本のブランドが凄いんです。日本の企業、日本人、日本の製品に対する信頼、つまりベンチャー企業であっても関係ないんです。ただ日本の企業の弱点はスピード感とか意思決定力なんです。そんな中に僕なんかが直接行って直接英語で話すと、めちゃくちゃ好かれちゃうんです。設立2年とか、従業員が少ないとかっていうのは関係無くて、日本の会社、日本で実績あります、起業家精神あります、の3つで、台湾の東芝みたいな会社とか、フィリピンの東京電力みたいな会社とイコールパートナーシップでできちゃうんです。それは日本の会社だからなんです。それは日本の戦時中の人に感謝しないといけないし、もっとみなさんもできるでしょうと思うわけです。技術がある会社はいくらでもあるのに、勝手に縮こまってダメだダメだってなっちゃってる。言ってるだけじゃダメだから自分で成功事例をつくる。これが僕のやりたいことなんです。

【第四部】

伸びている分野を見つけたらすぐに乗り移る

本田 加藤さんはどうですか。ワクワクしてることは。

加藤 雑誌広告からインターネット広告に移ったときに、その理由っていうのが革命が来ると思ったのと同時に、こっちに行ったら面白い人がたくさんいそうやと思ったんですね。面白そうなところに面白い人は集まるわけです。人間って環境の生き物なんで、今日ここにおられる人はこの土曜日のね、週末で、こんな家族ほったらかしにしてここにいるだけで異常者ですよね(笑)。でも、異常なところにいないと異常になれない。やっぱり環境にやっぱり生かされているから。僕はパッションのありそうなところに自分で動いて行った。世の中で、今一番伸びてるところに、やっぱりみんな恋焦がれて来ますよね。そこには野心があったり、成長意欲のある人が勝手に集まっています。自分でパッションを作ろうというより、あっちにパッションがありそうだっていうところに行く方が早いですね。シンガポールにおるのもそういう理由で行ったわけです。それも世界中の人が「今東南アジアが熱い」って言ってる。パッションがある方に寄って行けばいいんです。

僕が今役員やってるKLabって会社があるんです。ソーシャルゲームやっている会社で、一昨年9月に上場しました。去年の5月に東証の1部に鞍替えになりました。この会社は出来て12年経っています。つまり10年間ぼちぼちやったんです。それが一昨年、ソーシャルゲームがいけるってことで事業を乗り替えたんです。なぜかというとソーシャルゲームがパッションやと思ったわけです。ずっと組み込みアプリの制作会社だったわけですが、こっちが熱いと思って、100人くらい従業員がおったのですが、その仕事を受注するのを突然やめたんです。「受けてきた仕事はやらなきゃいけないけど、今の仕事は半年後はやってないよ。その代わり新規事業のソーシャルゲームをどんどん伸ばすで」ということで一気に2年間で従業員を600人にしました。世の中の多くの人はこれからソーシャルゲームがいけると気付いているんだけど、気付いても動けない人が99%なんです。

何が言いたいかと言うと、伸びてるところを見つけるのがものすごい大事なんです。成長ってのは皆さんが作るもんじゃなくて、成長してるところがあるんです。波に乗れてよかったですねってよく言われるんですけど、違うんです。自分の意思で波に乗りに行ってるんです。皆さん「うちの産業はうだつが上がらなくて」と言ってる人は、うだつが上がらん所におるのは自分の意志やということなんです。だからイケてる産業を見つけて自分でパッとパッションを持って乗り移る。今僕いろんな会社に関わってるんですけれど、経営者のほとんどはまぁ普通の人たちですよ。精神は異常ですけど(笑)。みんな同じ人間ですからね。ただ何が違うかって言ったら、要するにパッと移れる行動力なんです。

本田 洞察力、観察力やね。ちょっとわかりやすい話をしましょうか。大阪の福島に2軒出している焼肉屋さんがあるのですが、3軒目をつくったのはホーチミンです。4軒目がプノンペンで、5軒目はもう一つホーチミンに出しました。僕が聞いたところによると、大阪の客単価が3500円でホーチミンは3000円いかんかなってとこでした。ホーチミンの家賃・地代と人件費考えたら、それで2500~3000円ということは、商いと言う視点で見たときに、よっぽど向こうの方が儲けているわけです。つまり知ることっていうのはすごく大事なんです。で知ったら次はどうしたらええかって言うと、今ここが一番のポイントなんですけれども、そこにどれだけ早く行くかです。知っていることは、誰にでもできることで、情報の取り方だってこういうネットワークつくっていけばいくらでもできる。ただそこにどれだけ早くコミットするか、近づけるかっちゅうことが実はパッションになってくると思うんです。

価値を高く評価してくれるところで戦え

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質問 海外の市場に進出することを考えているんですが、どこでも同じなのでしょうか。やっぱり国民性で差はあるのでしょうか。

加藤 例えば、今でいうとフィリピンとかもむっちゃ伸びてるんです。去年1年間で証券取引所の平均株価が30数回、最高値を更新しました。世界中から今お金が集まってるんで、いわゆるバブルのような状況になってるんです。そうするといろいろ需要が増えて供給が足りないので、いちいちすべて脇が甘くなるので、そういう脇の甘いところが、一番商売が楽に立ち上がると思いますね。僕がアジア、アジアと言っているのは、アジアが脇が甘いからです。それは成長しすぎて、需要と供給のバランスが合ってないからですね。ただまあ、いきなりフィリピンに行くのは反対です。ただ、伸びてる国にぶら下がるのは良いと思いますね。ただみんなが伸びてるわけじゃないんでね。台湾とかもずーっと成長止まってますから。需要があって供給があるところの、合計を埋めにいくのが、ベンチャーにとっては一番楽やということです。需要創造型よりも、すでに需要があるところを見つける方が、名もなき実績もなき資本も少ないベンチャーは楽やと思います。

徳重 付け加えると、ポジショニングというか、自分の会社をどこに置くかっていうことですね。例えば僕たちの事例でいうと、僕たちの会社の価値が100として、日本の場合どうしても新しい市場だとか、大手企業はガソリンパイプやってたりするから、人によっては会社の価値が30くらいになる。100あるのに実際には30にしか見られない。ところが、同じ会社を、東南アジアや台湾に持っていくと300ぐらいになるんです。つまり、同じものなんだけど、どこに置くかによって評価が変わる。一つは日本の会社であるというメリットをもっとうまく使えばいいんじゃないかなとも思いますし。あとはベンチャー企業だからこそベンチャー国でやるべきなんじゃないかと。要は肌が合うわけですよね。ベンチャー国というのは近場でいうと東南アジアですね。ベトナム、カンボジア、インドネシアあたりです。

本田 徳重さんが言っているようにアジア人の視点で見ることがすごく大事。その視点で見たときに、マーケットとか、自分の役割や自分の国民性、アイデンティティっていうのはむしろすごくフォーカスしやすい。自分らしくどう生かせるかということがとらえやすい。アジアっていうマーケットは「僕らアジア人やんな」っていう視点で見た方がいいんちゃうかと思う。では次の質問。

質問 加藤さんは、とにかく伸びる産業にいち早く気付くことが大事だというお話でしたが、加藤さんから見た『今伸びている産業』は何ですか。

加藤 僕は今東南アジア全体が伸びていると思っていて。東南アジアの内需にフォーカスすると、僕はなんでもありやと思ってます。ただ、わかっておかなければいけないのは、日本人は外人なんですね。外人なんで、外人がやっちゃいけない商売っていうのが結構たくさんあるわけです。特に資本規制のことは勉強されたほうがいいと思います。僕はシンガポールに今、持株会社をつくってアジアに投資会社をつくりましょうっていうことをいろんな企業に提案してますが、シンガポールは世界でも例外的に、外国人が持株会社や事業統括会社を置きやすい国になってるんです。だから、まずシンガポールに前線基地をつくってですね、そこにお金を集めたり人を集めたりして、近隣諸国で事業活動をしていく。国によってはフィリピンとかベトナム、タイのように過半数の資本が持てない、役員も半分以上現地の人にしなきゃいけない、あるいはやっちゃいけない商売がベトナムとかインドネシアにいっぱいあるんです。逆にいうとシンガポールは、一部のインフラ産業を除いて外国人100%でも、従業員・役員全員日本人でも別に問題はない。

一番良いと言えるところは今は特にないですね。それよりも成熟産業であろうがなんだろうが、さっきも言いましたように、めちゃくちゃに伸びる方法を考えることですね。あるいはめちゃくちゃに伸びるものを見つけるということが大事やと思います。

【第五部】

素直な人は成長角度がすごい

質問 徳重さんは、事業を展開した時点で1から100をつくる段階になっている、というお話でしたが、現時点で具体的にどんな人材を求めていらっしゃるのか。あるいは人材を見ていく中で見るポイントを教えてください。

徳重 一番大事にしているのは、まずは僕らが今掲げているビジョンにどこまで共感できるのかということです。そこがまずマスト要件です。過去の失敗事例で見ると、失敗してる会社っていうのは、足元がふらついてる。つまり、積み木を積み上げる時に土台が変な形になってたら崩れてしまう。そこの共通の志がすごく大事だと思ってます。

あと経験則でいうと、一つはやっぱり向上心。地頭が良くて向上心があってプラスアルファ伸びてる成長角度のヤツを見ると、共通してるのは素直さなんです。ウチの会社の若いヤツって結構一流大学みたいなのが多いから、まあ頭でっかち、起業家精神はあるんだけども、ロジック重視みたいなヤツも中にはいて、そういうタイプは最初は良くてもなかなか伸びない。だけど、最初はあんまりパッとしないヤツでも向上心はあって素直なヤツは、伸び率が45度とかね。すごいですよ。「3カ月無給でいいからやらせてください」って言うから、ちょっとやらせてみるけどそれでダメだったら断わろうと。半年間、僕は彼を怒り続けました。しばらく伸びなかったですが、半年後に一気に伸びた。彼の中で、僕の言ったいろんな線と線が繋がって、面になって立体になった感じでした。で、今彼はすごく頑張ってもらってるんで、本当に良かった。伸び率というか成長角度がすごく大事だと思ってます。

起業家を尊敬しない日本

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質問 お二人が思う中国像を知りたいのと、中国人とどういう風に関わっていったらいいのかということをお話していただけないでしょうか。

加藤 僕は中国大好きで、年に3、4回は行ってます。でも商売はしてません。アジア中でいろんな商売してるんですけど、自分の役員で参加してる会社も、中国で商売をするのは今のところ「待て」ということで待ってます。僕が決めてるんじゃなくて皆で相談して出ないようにしてます。僕はすごく中国って日本と似てる、と思ってます。その一番の理由は、なかなか外人に儲けさせてもらえないんです。例えば日本にいるとなかなか気が付かないと思うんですけど、日本ってものすごい外国人が商売しにくい国なんですね。会社つくったり、営業したり、人雇ったり、家や土地買うたりね。僕はすごく似たようなものを中国に感じていて。中国ってお金を使ってる分にはものすごく楽しいんですけど、中国の人を相手にお金儲けをしようとすると、途端にめちゃくちゃ難しくなるんです。でもそれって、外国人が日本をどう見てるかっていうこととすごく近くて。外国人って日本でお金を使うことが楽しいんですよ。でも日本人を相手に外国人がお金儲けするのはめっちゃ難しいんです。お金を使うのはやっぱり面白いので、今はとにかくお金ためて、お金持って、中国でお金使って、「ああ楽しい」と思ってますけどね(笑)。

徳重 僕たちの作業でいうと製造のところで、やっぱり品質管理は大変です。現地の人にちゃんとやってもらうのに非常に苦労しました。あと、コピー文化なんで、何か技術があるとか特許があるとかいうところは結構大変かもしれません。パートナーとして信用できる人がいれば、それはローカルの強みもあるので、うまくいくんじゃないかっていう感じがあります。でも国外にお金をだしにくい。
元々できなかったんだけど、法律が変わってできるようになったにもかかわらず日本人はなめられてるから彼らはいろいろ言ってくる。アメリカの会社には何も言わないんだけれども。簡単に言うと、日本人ももっとしっかりしろってことなんですね。
さっきグローバルな話がでましたので言っておきますけれども、加藤さんが「市場があるところでやれ」って言いましたが、僕は最初から世界市場と言って本当にやろうとしてて、ベトナムにもフィリピンでやろうとしています。あいつは頭がおかしいんじゃないのかみたいに基本的には思われるんだけれども(笑)。つまり僕たちだったらEVはアジアの方が圧倒的に早いし市場があると思うし、だからやってるっていう合理的な考え方なんです。なぜアップルが利益率30%と高いかって言うと、一つは台湾のフォックスコンが資本で中国の工場でつくっているからです。そういうふうに今、市場も製造も人もどこが最適なのかっていう発想は持たないといけない。

加藤 バイドゥの創業者、ロビン・リーさんとアリババ・タオバオグループの創業者、ジャック・マーさんは、中国の中学校の教科書の副読本に載っているぐらい有名な人で若者の憧れの対象なんですね。堀江さんが逮捕された後、拘留されている間に上場まで取り消しになって、会社も全部取り潰しになって、本人のいない所でいろんな人が勝手に売買していた。あおりを受けて楽天の三木谷さんがTBSを買収しようとしたら徹底的に抵抗されて、最後は銀行からも止められてやめた。この同じ年にこの中国の2人の経営者は資本市場に打って出るための人材とか特許とか資金とかすべてアメリカで調達していたんですね。それで本社を杭州とか北京とかに移して、今や国の英雄になっていますという話で、彼らは母国に凱旋した、イノベーションを生んだ人達としてウミガメって呼ばれているんです。日本に一番足りないものはこれだなと。海外で起業して成功する日本人ってよく考えたら一人も名前があがらんなと。ところが中国では、時を同じくしてこの二人が、同じようにウミガメとして大変尊敬されている。僕が今ウミガメヱヴァンジェリスト、ウミガメを啓蒙するっていう肩書で仕事をしているのは、こういう人たちを日本で作ろうということなんです。

本田 ちなみに僕の親戚は半分華僑やねん。僕の中国嫌いっていうのは、外国人を排除することも含めいわゆるルールを決める仕組みが嫌い。ただ、個人で見たときには優秀な奴はいっぱいいる。契約が決まらなくても、晩飯行こか、っていう付き合いができるっていう意味でいうと、そういうことを分けて考えられる力を持ってるし、それは逆に日本人が慣れていかなあかんところやと思う。
本社が大阪のエースコックは、エースコックベトナムという会社がありまして、そこは、23カ国に輸出しています。その中に、ドイツとかフランスも含まれる。つまり、どういうことかというと、エースコック本体は日本の市場を見て、日本で作ってきた。エースコックベトナムに行くといくらでもどこへでも海路で出荷できる、と。ということは、日本に直接関係なく作っていくことができる。しかも、日本の技術力、製造過程のプロセスを使ってやっていける。そういう意味で言うと、日本と中国という視点で見るよりも、先ほど言ったようにグローバルで見る視点がすごく重要やと思う。で、やっぱりその時にウミガメっていうさっきのコンセプトはすごい大事やと思います。

大事なのはチームワーク

質問 今市民団体で活動させてもらってるんですけれども、今僕たちが一緒に活動をしている学生を見ていると例えば男女で価値観が違いますし、女の人同士でも育った環境が違えばもちろん意見が対立する。それをチームにして1+1を2.5にしていくためにどういった方法を取っていけばいいのでしょうか。

徳重 何をめざすとかいうところで不一致が結構出るのがあって、つまり最初はみんな学生みたいなノリでやってていいんだけど、頑張ってなんとか飯食えるようになったら、次の段階で、もっと成長を志向するタイプと、いやもういいじゃないかというタイプと結構割れちゃうんですね。でそれっていろんなケースがあって、最初のビジョンのところの共鳴ってのが大きいんじゃないのかな。性格の不一致っていうのはちょっとわかんないけど、2つあるかもしれない。1つは僕たちは行動指針を定めてシリコンバレーカルチャーみたいなのを根付かせようとしてるんですけど、その行動指針は社員が入社した時から言ってる、カルチャーです。そこはまあ結構一致してると思ってます。でもう1つ不一致でいうと、ウチの社員の中には将来10年後には会社やりたいみたいなヤツもいるんです。つまり、個々人の力をつけたいっていうようなヤツもいるんです。それはウェルカムなんですが、ただあまりにも個人のほうが強くて、ときに個人と組織の方向軸が合わないときがある。つまり、プロ野球の選手でも仮に自分がホームラン打っても、そのときにチームが勝てなかったら、「今日は残念です」って言うじゃないですか。つまりチームの勝利とかね、チームの成長がまずあって、それで当然プロ野球は個人を成長させてるわけですよね。つまりチームワークが大事だっていうのを僕は言いたい。つまりウチの会社って個人の成長意欲が高いヤツが集まってるんだけど、逆にすごくチームワークが大事だというのは教育として言ってます。

加藤 僕は誰が偉い人かって決めることがすごい大事だと思っています。組織って結局、ヒエラルキーだと思ってるんですね。つまり序列とかが結構大事だということです。英会話学校のラングリッチの経営者は、そういう意味では社会から大きく外れてた人たちで、ひきこもり1人と、中学高校の同級生3人で会社をこしらえて。商売ごっこみたいな形で始めて、3分の1ずつ株を持って、3分の1ずつ代表権を持ってっていう、僕の考える組織から大きく逸脱してるデタラメな人たちだったんですけど(笑)。その人たちと知り合って、僕は役員に引きずりこまれて今一緒にやってます。ラングリッチは、その意味では最初序列がなかったので大変でしたが。今は役割をきれいにしました。株も2年かけてちゃんと整合性取れるようにしましたけど、大変でした。基本的には社長が一番株を持っているべきだ、一番命を懸けてる人が上に立つべきだと思っていて、一番お金持ってる人や一番年長者が社長になるというのが一番良くないと思っています。ビジョンを熱く語る人、この商売を通じてどういう世の中ができる、あるいはつくれる、あるいはしたいか、みたいなことがちゃんと喋れる人がリーダーであるべきだと思ってます。そうすると小異がいっぱい発生するんですけど、小異はどうでもよくて、大同の方向へ向かっていくんです。人間なんでどうしても細かいいさかいとかあるんですけど、それを蹴散らせるくらい組織にダイナミズムがあれば、細かい問題はなくなっていくんです。

失敗から学べる人は強い

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質問 今リーダー、社長のお話があって、組織の中で上に立つ人が重要だと思うんですけど、お二人ともいろんな経験の中で人を見てこられた中で、成功された方に共通してあった要素、トップに立つ方はこういうのが重要だなと思う点を一つ絞ってお伺いできればと。

加藤 ビジョナリーな人ですね。

徳重 やっぱりビジョンと、覚悟と、あとはやり続けるってことだよね。

質問 その素養としてこういう部分は備えてるなと感じた部分はありますでしょうか。

徳重 自分のケースもそうですし、周り見ててもそうですし、素養というよりいろいろ経験から学ぶというか、失敗ですよね、失敗して挫折してヘロヘロになって、もがきながら前に進んでいくみたいな。その経験が力になるし、信念になるし、みたいなのを僕は思ってます。そういう人って強いんですよね。逆に、失敗してない人のほうが僕は怖いんじゃないかな。経営者からしたら任せにくいですよね。つまりそれは身につけていくものだっていうことです。

加藤 楽天的なことですね。

60%OKならアクションしなさい

本田 では最後に、これ選択肢ですが①皆さんに対するメッセージ②どこでどう死にたいか、のどちらかの質問を選んでいただきそこに向かっていくビジョンはどうあるのかをお聞きしたいと思います。

徳重 僕のほうからはメッセージです。若い人の前で、よく学生の人に言ってるんですけど、言いたいことは、「60%OKだと思ったら、もうアクションしなさい、行動しなさい」ということなんですね。で、ここには2つの意味があります。1つは、不確実の時代だから、きちっとデータを取ってやったって100%、90%、80%なんてのはそうそう無理なわけですね。それよりもアクションしながら軌道修正する。だからそもそも軌道修正が入るんだよ、朝令暮改が入るんですよっていう前提のもとに、現場で出してみながら変えていくことのほうがはるかに重要で。そう思ったらアクションしやすいわけですよ。それが60の意味するところです。もう一つ60には意味があって、日本全体がこの10年間でもっとおかしくなってて、つまり、勝手に閉塞、自虐的になってしまっているわけです。僕はシリコンバレーに5年いて、そのあと中国やアジアに月に2週間ずつ行っていると、すごく違いがあって。日本人の感覚で60%っていうのは、同じ事象を見てアメリカ人は、僕の感覚では70%、東南アジアの人はもう80%で考えます。つまり日本人が60%いけるっていうのはグローバルスタンダードで言ったらもう70、80%だってことです。で、それをもってアクションしろってことです。

加藤 伸びてるところにぶら下がる、ってことですね。あとは皆さんができることとの差を詰めていけば、僕は道は拓けると思ってます。今たくさん「会社をつくるための場所」をつくってます。なぜかって言うと、もう僕は死ぬことを考えていて。死んで多くの人に『あの人こんな実績残したよね』みたいな形で思ってほしいなと思っているんです。今、死ぬ準備にどんどん入ってるので。葬式にたくさんの人に来てもらいたいので、いろんな会社を今矢継ぎ早につくってるんです。皆さんご存知だと思いますけど、会社って10年で9割ぐらい潰れるんです。3年で6割ぐらい潰れるんです。だから恐れちゃいかんのです。それよりも、リカバリーをする準備は楽天的であればできると思ってます。楽天的であって、ビジョンを見続ければ、ダメでもまた次やればいい。できるまでやり続ければいいんです。会社を今たくさんつくってるのも、もう6割くらいは3年でなくなるし、9割くらいは10年でなくなると思ってるから、いっぱいつくらないと残らない。僕の葬式に来てくれる人が少なくなってしまうと思ってるんで(笑)、大量につくって、まあどれかが当たればいいと思ってますね。

本田 じゃあ最後、まとめます。60%OKならアクションしたらいいやん、で修正かけてったらいいやん、と。これ僕はSmall PDCAって言ってます。小さくPDCAを回そう。すごいデカいことをドーンとやるんじゃなくて。実はザッカーバーグさんもfacebookで言ってます。「完璧なものをつくるより、納期を守れ」って。これはレコーディングをするプログラマーに対して言ってる言葉です。と同時に、それらのことってどっかで楽しさみたいなものを見ながらやってる楽観的な人が多いです。フランスにアランという哲学者がいて、その人は「悲観は情緒から由来し、楽観は意志に由来する」と言っています。つまり意志を持ってる人っていうのは楽観的になるわけです。今どんなに現状が厳しくても、あそこに行くぞって意志があるわけやから、つまりビジョンがあるから、楽観的になれるわけです。どんなに飯が食えなくてもですよ。つまり、世の中にはちゃんとそういう情報が溢れてるんです。

最後に私から皆さんへのメッセージを言います。既存のマスメディアに頼るよりfacebookという自分のメディアで、インターパーソナルに、個人と個人が相互に影響し合えるメディアをどんどん膨らまして、メディアをひっくり返しましょう。みなさんできることから始めてください。

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